ほころび)” の例文
そうして御米がかすりの羽織を受取って、袖口そでくちほころびつくろっている間、小六は何にもせずにそこへすわって、御米の手先を見つめていた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
乃公は何人だれも叱る者がないから、ポチの頭をうんと撲ってやった。お母さんが乃公の服のほころびを繕ったら清水さんの手紙が出た。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
御覧なさい、こうやって、五体の満足なはいうまでもない、谷へも落ちなけりゃ、いわにもつまずかず、衣物きものほころびが切れようじゃなし、生爪なまづめ一つはがしやしない。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鶴子は信徳の傍に行つて夕刊を渡すと、嫂の隣に腰かけて小さいめひの袖口のほころびをなほしはじめた。——彼女が万事派手な嫂とそのやうに居並ぶと、その対照は一寸妙だつた。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
袖つけから半分ばかりぴりゝとほころびが切れ、三田もはづみをくつてよろよろと膝をついた。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
少年の議論家は素肌すはだの上に上衣うわぎを羽織ッて、仔細しさいらしく首をかしげて、ふかし甘薯いもの皮をいてい、お政は囂々ぎょうぎょうしく針箱を前に控えて、覚束おぼつかない手振りでシャツのほころびを縫合わせていた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
多くの子を持ちながら其着物のほころびを縫うは面倒なり、其食事の世話は煩わしとて之を下女の手に託し、自分は友達の附合、物見遊山などにふけりて、悠々閑々たる者あるこそ気の毒なれ。
新女大学 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
さうして御米およねかすり羽織はおり受取うけとつて、袖口そでくちほころびつくろつてゐるあひだ小六ころくなんにもせずに其所そこすわつて、御米およね手先てさき見詰みつめてゐた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
それには用意がなければならず、覚悟もしないじゃ出来まいが、自分へ面当つらあてなら破れかぶれ。お千世へだけの事だったら、陰でほころびを縫うまで、と内気な女が思直す。……
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ほころびを縫てやるからシャツをお脱ぎとよ」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
彼女は今から四年前、僕が玄関に立ったままはかまほころびを彼女に縫わせた事まで覚えていた。その時彼女の使ったのは木綿糸もめんいとでなくて絹糸であった事も知っていた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
葛籠つゞらふたつたり、着換きがへほころびしらべたり、……あらつた足袋たび裏返うらがへしたり、女中ぢよちうかひものにしたり、なに小氣轉こぎてん立𢌞たちまはつてたとおもふと、晩酌ばんしやくもので一合いちがふつけたときはなは見事みごとでない
大阪まで (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)