はま)” の例文
「人相はともかく、問答に事よせて、顔色がんしょくうかがいにまいった。御落胤か、いつわり者か、問答しながら、顔色を見ようと——うまうまはまった」
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
着いたな、と思って、馬車の外側に垂れている幕を上げて見ると、間口にずっとガラス戸のはまっている宿屋の前に停っていた。
香油 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
自分は唯だ一言ひとこと、老父を殘して外國に去つてもよいと云ふ承諾を得たいのである。然し父の話は一向に自分の思ふやうな壺にはまつて來ない。
新帰朝者日記 拾遺 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
そうしてそれは例外なく世界中の誰にでもはまって、ごうもとらないものだと、彼女は最初から信じ切っていたのである。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一向同情が無い筈であるのに其女だけには其言葉が莫迦ばかにしっくり宛てはまっているので、町の人達と同じようについ私も其言葉を使うのであった。
温室の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
カイゼルに当てはまるとて、マクドーガル教授の著書「社会心理学」中に在る仮設的の一貴公子の例を引いて下の如く紹介しているが、甚だ面白い。
列強環視の中心に在る日本 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
何か無限なもののなかにかぽッとはまり、または、おのれのなかにその無限なものが隙間すきまなくおさまっていたのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
理不尽りふじんに乗り越えては、兵庫めが云う通り、此方こちらの落度になり、彼奴きゃつには思うつぼにはまるわい。忌々しいが胸を撫でて——。な、これ……此処は胸を撫でて』
夕顔の門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いやどうも、用人や紋太夫らのびっくりしたこと、だが終りの一句がぴたりとはまっていたため、万里にそれ以上なにも云わせなかったのは偶然の収穫であろう。
若殿女難記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
いでカラアの釦鈕ボタンをはめむとするに、手の短いかはりに、くびは大きく、容易にはまらず。
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
しかし思索せずにただ偶然に感情のままに事象を感受するならば、それはかえって型にはまって経験を受け取ることになるのである。かくて得られたる内容は真理でなくて常識である。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
君は新太郎と好い相棒で決して無理な勉強をしない方だから、註文にはまっているぜ
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
が、詰り私は、身體は一時間も暇が無い程忙がしいが、爲る事成す事思ふ壺にはまつて、鏡の樣にいだ海を十日も二十日も航海する樣なので、何日しか精神こころが此無聊にんで來たのだ。
菊池君 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
必然ひつぜんにどうしてもその心理しんりうごき方が、む者の心持こゝろもちにしつくりはまつて來ないといふがします。これを言ひへれば、氏の心理描寫しんりべうしや心理解剖しんりかいばうであつて、心理描寫しんりべうしやではないのでありますまいか。
三作家に就ての感想 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
車も歳月の力と人の力とにらされて、繩が辛而やつとはまツてゐる位だ。井戸の傍に大株おほかぶ無花果いちゞくがコンモリとしてゐる。馬鹿に好く葉がしげツてゐるので、其の鮮麗せんれい緑色みどりいろが、むし暗然あんぜんとして毒々どく/\しい。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
「これが一番大きくって心持がいいでしょう」と云った下女は、津田のためにすり硝子のはまった戸をがらがらと開けてくれた。中には誰もいなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
勘兵衛は座へ戻ると大機嫌で、「どうなる事かとはらはらしていたが、あそこまで引込んでゆく手際は立派な判官じゃ、じつのところわしまでがはまりそうになったわい」
嫁取り二代記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
元和慶長頃の粗野な血をそのまま持っていて、元禄という文化時代へ来ても、どうしてもそれが洗練されない——そして平和な社交で奉公人の型にはまらない人間——それを
濞かみ浪人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
少しまずいなどと言われると、この次は褒められようという気になって芸を磨く。我輩も盛んにこれから芸を磨こうと思うが、批評が壺にはまらぬ。篏らぬではやり様がない。
政治趣味の涵養 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
窓は関西地方によくあるたてしげ格子がはまっていたし、ひさしは深く垂れているし、横丁を隔てた向うも同じような二階家で、できるだけ日光や通風を妨害するような仕掛になっているから
陽気な客 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
机に向かって箱をあけると、これも例の如く、筆が五本、わくはまって並んでいる。甲斐はまん中にある斑入ふいりの軸の筆を取り、静かに指でひねって、嵌込はめこみ細工になっているその軸の上部を抜いた。