空々そらぞら)” の例文
その悲しみとその悶えとを俺に見せまいと押し隠し空々そらぞらしいみを顔にたたえて俺の方へ手を延ばすその柵を見たいのだ。早く柵を連れて来い!
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
世にいう政治家らしい空々そらぞらしさや無気味なところはなく、私の老妻が、首相を前にして、「お目にかかるまで、怖いお方かと思っておりました」
所謂「思想家」たちの書く「私はなぜ何々主義者になったか」などという思想発展の回想録或いは宣言書を読んでも、私には空々そらぞらしくてかなわない。
苦悩の年鑑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
すくなくとも、不馴ふなれな文字では血肉がこもらなくて、自分の文字のようには見えず、空々そらぞらしくて、観念がそれについて伸びて行かないのであった。
文字と速力と文学 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
もとよりそれは偽首にせくびだった。が、偽首と分ったあとの空々そらぞらしい敗北感はいつまで後味わるく尾をひくものであった。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「僕の詫よう空々そらぞらしいとでも云うのかね、なんぼ僕が金を欲しがるったって、これでも一人前いちにんまえの男だよ。そうぺこぺこ頭を下げられるものか、考えても御覧な」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
が、社長沼南は位置相当の門戸を構える必要があったとはいえ、堂々たる生活をしながら社員が急を訴えても空々そらぞらしい貧乏咄をしてテンから相談対手にならなかった。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
空々そらぞらしく思われないでもないと、日頃思っていたからで、形において、夫にさきだたれた独身者であるということを、証明する必要のないものは、かえって人目に立って
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
叔母は空々そらぞらしく気の毒だとかすまないとかいい続けながら錠をおろした箪笥たんすを一々あけさせて、いろいろと勝手に好みをいった末に、りゅうとした一揃ひとそろえを借る事にして
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
子供の楽園だとかずいぶん空々そらぞらしいお世辞を言われてさえこれを信ずるほどであるゆえ、多少事実に近いことを言われてたちまち得意になるは無理もないが、およそ物はほめようと思えば
民族の発展と理科 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
く/\拙者と御一緒にお帰り遊ばされ候へと、泣沈なきしずむ娘を引立て行かむとするにぞ、一人の侍今はこれまでなりと覚悟致し候様子にて、と立上り、下手したてでをれば空々そらぞらしきその意見
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ると、まるで空々そらぞらしい無理むり元気げんきして、いて高笑たかわらいをしてたり、今日きょう非常ひじょう顔色かおいろがいいとか、なんとか、ワルシャワの借金しゃっきんはらわぬので、内心ないしんくるしくあるのと、はずかしくあるところから
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
例のゆがめる口をすぼめて内儀は空々そらぞらしく笑ひしが、たちまち彼の羽織のひもかたかたちぎれたるを見尤みとがめて、かんの失せたりと知るより、あわて驚きて起たんとせり、如何いかにとなればその環は純金製のものなればなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
品物の出し入れや飾りつけ、値段などを少しずつ覚えることはお庄にとって、さまで苦労な仕事ではなかったが、この女を阿母さんと呼ぶことだけは空々そらぞらしいようで、どうしても調子が出なかった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
よくもまあそんな空々そらぞらしい事が仰ゃれたもの。
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
小林はわざと空々そらぞらしい様子をした。はてなと考える態度までよそおって見せた。お延は詰責きっせきした。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
昔葉子に誓った言葉などは忘れてしまった裏切り者の空々そらぞらしい涙を見せたりして、雨にぬらすまいとたもとを大事にかばいながら、傘にかくれてこれも舷梯げんていを消えて行ってしまった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
空々そらぞらしく聞こえるように答えた。夫人はまだ葉子の心持ちには少しも気づかぬふうで
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「これじゃ空々そらぞらしくっていけない、昨夜ゆうべ会った事も何とか書かなくっちゃ」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分はそれを明かに自覚した。それからその空々そらぞらしさがよく相手の頭に映っているという事も自覚した。けれどもどうする訳にも行かなかった。自分は嫂に「え返って寒くなりましたね」と云った。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)