燗酒かんざけ)” の例文
「それじゃちょっと出て来よう。」「マアお待ちやお燗酒かんざけだけしようわい。おなかがすいたらお鮓でも食べといき。」「いいエもうええ。」
初夢 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
そうしてそういう草の空地には、おでん燗酒かんざけの屋台店だの、天幕テント張りやこも張りの食物店などが群れをなして建っていたり、ポツポツと離れて建っていたりした。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
近所の人にだんだん問い合わせると、前の晩の夜ふけに彼によく似た男が通りがかりの夜鷹蕎麦よたかそばを呼び止めて、燗酒かんざけを飲んでいるのを見た者があるとのことであった。
半七捕物帳:17 三河万歳 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
仲間対手の小さい、おでんと、燗酒かんざけの出店が、邸の正面へ、夕方時から出て店を張っていた。車を中心に柱を立てて、土塀から、板廂いたびさしを広く突き出し、雨だけはしのげた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
それから徳利をつかんで、燗酒かんざけを一口ぐいと飲んで、インバネスを着たまま、足袋を穿いたまま、被せた膝掛のいざらないように、そっと夜着の領を持って、ごろりと寝た。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「どうも姉様ねえさん難有ありがとう。」車夫は輪軸を検せんとて梶棒を下すを暗号あいずに、おでん燗酒かんざけ茄小豆ゆであずき、大福餅の屋台みせに、先刻さきより埋伏まいふくして待懸けたる、車夫、日雇取ひようとり、立ン坊、七八人
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
特におでん燗酒かんざけのせいであったり、茶碗酒の勢いであったりして、夢中、夢をたどる中に、猫を一匹犠牲に上げてしまったことは、やはり半酔半眠のうちに記憶をとどめているが
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
娘は直様すぐさま元気づき、再び雪の中を歩きつづけたが、わたくしはその時、ふだん飲まない燗酒かんざけを寒さしのぎに、一人で一合あまり飲んでしまったので、歩くと共におそろしく酔が廻って来る。
雪の日 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
燗酒かんざけのにほひが實際にして來た。
おでん燗酒かんざけにも酔心地に、前中、何となく桜が咲いて、花に包まれたような気がしていたのに、桃とも、柳ともいわず、藤、山吹、杜若かきつばたでもなしに、いきなり朝顔が、しかも菅笠に
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なんだか工合ぐあいが悪いので、定吉は一旦そこを立ち去って、山下の屋台店で燗酒かんざけをのんで、いい加減の刻限を見はからって又引っ返してくると、たった今そこで人殺しがあったという騒ぎであった。
半七捕物帳:38 人形使い (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
安政元年に竜池父子の贔屓にした八代目団十郎が自刃した。二年は地震の年である。江戸遊所の不景気は未曾有で、幇間は露肆ろし天麩羅てんぷらを売り、町芸妓は葭簀張よしずばりにおでん燗酒かんざけひさいだそうである。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
眞鍮しんちう茶釜ちやがま白鳥はくてう出居いでゐはしら行燈あんどうけて、ともしびあかく、おでん燗酒かんざけ甘酒あまざけもあり。
婦人十一題 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
急にいきおいい声を出した、饂飩屋に飲む博多節の兄哥あにいは、霜の上の燗酒かんざけで、月あかりに直ぐめる、色の白いのもそのままであったが、二三杯、呷切あおっきりの茶碗酒で、目のふちへ、さっよいが出た。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)