無代ただ)” の例文
家のうしろには葡萄園があるそうですが、表構えは茶店のような作り方で、ここでは登山者に無代ただで梅酒というのを飲ませます。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
無代ただででも貰って行くような調子で、若旦那済まねえがこれを少し分けておくんなさいと言うと、やるから持ってけ——だが負からねえぞ。
とと屋禅譚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「何を言ってやがるんだよ。無代ただより安価やすいものあなかろうじゃないか。あたしゃア見るのもいやなんだから、さっさと持って行っておくれヨ」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
さて世間は怖いもの、銭で買ふ深切は、家並にあつても、無代ただ買える人の情は、京中に品切れの札掛けぬが山。
移民学園 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
「ライオンは多田さんという人がいるのよ、そりゃ面白いってっちゃないの、(よくって多田さん、それじゃこれ無代ただよ、無代ただよ)ってみんなが言うのよ」
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
篦棒べらぼうめえ。無代ただで呉れてやるから無代で博士になれ。その代り開業してから診察料を取ったら承知しねえぞ」
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「さんざ無代ただで飲食したうえ、こんな余興まで入るとは思いませんでした。いや、ッとおもしろかです」
「こちらの御屋敷では、この御長屋を無代ただで貸して下さった上に、お茶だのお菓子だの下さるんです。」
遺産 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
これ等の男達は、外国人に剣術の各種の型を見せる可く、特に屋敷へ来たので、無代ただで働いたのである。
おそらくは無代ただでくれてやると言われてもこんな醜い恰好をした犬なぞは連れて帰らなかったであろうと思われるほど、まったくそれは妙な顔と姿とをした犬なのであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
それでピストルは使おうと思えばすぐにも……だから、おれはこんなものを持っていてはいけないんだ……明日早速売りとばそう……それよりも無代ただで呉れてやろう……いやそれもかん。
ピストルの蠱惑 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
曰く、これでは地味が荒れ果てる、無代ただで広い背戸を皆借そうから、胡瓜きゅうりなり、茄子なすなり、そのかわり、実のない南瓜を刈取って雑草を抜けという。が、肥料なしに、前栽せんざいもの、実入みいりはない。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
江戸中の顔役が集まって裁きをつけたりしたことがあったと言う。だから私は子供の時分、見世物は何処へ行っても無代ただだった。その時は解らなかったが、後で考えるとそのせいだったらしい。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
このお客は一度間違つて、懸りつけの医者に「閣下」と一こといつただけで、そのお医者から薬代を無代ただにして貰つた事があるので、それ以来まさかの時には、いつも「閣下」を使ふ事に決めてゐる。
「銅像位ひ君、会社の手でつくれば殆んど無代ただ見たいなもので……」
円卓子での話 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
おかみは義兄と其を争うた。買主は戯談じょうだんに「無代ただでもいゝさ」と云うた。おかみはムキになって「あなたも耶蘇教信者やそきょうしんじゃじゃありませんか。信者が其様そんな事を云うてようござンすか」とやりめた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
その日一日物もおほせられず、一日おいてよりははしの上げおろしに、このの品は無代ただでは出来ぬ、しゆうの物とて粗末に思ふたらばちが当るぞえと明け暮れの談義、来る人ごとに告げられて若き心には恥かしく
大つごもり (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
無代ただで誰にでも貸そうと考えているのです
無代ただでだよ」
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「恐れ入ります。すると、その姐さんが、これはあまりきたねえ壺で、見ていてもしゃくにさわってくるから、どうぞ屑屋さん、無代ただで持って行っておくれと——」
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
他人にわかりさえしなければ、どんな事をしてもいいというのが現代の上流社会の紳士道らしいが、吾々の所謂いわゆるルンペン道ではそうは行かん。五千円のダイヤでも無代ただでは貰わない。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
無代ただとなると、これはまた大変、町を——何かの催しがあって、百人ばかりの芸者が歩いたときは、その中にお雪がいるといったものがあったので、どれだどれだという騒ぎになり、あれか
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
無代ただでも貰い手がないような時期でしたから、相続税は……それも切り換え前の旧円で、嘘みたいに安くてすみましたが、こんどの資産の再評価では、基準どおりにピシピシやられるでしょうから
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ねえ弥生さん! わたしゃ今までお前さんのために無代ただで働いて来た。何ひとつ、礼を
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
けれど、あたしは平気で、無代ただで稽古しに出かけてゆく。それがあたしの権利のように——おしょさんはなんとも言わなかったが母の方が困った。あたしは稽古そっちのけで芝居の研究をする——
「気のねえ返事をするなよ。……ときに乾老、この堀から久我のぬいぐるみがあがってきたら、いくら出す。たとえ二十日、ひと月でも、いっしょに飲み分けた友人を売るんだ。無代ただじゃごめんだぜ」
金狼 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「そうだ。無代ただでとはいわねえ。大枚の給金をやろう。妹料だ。どうでえ」
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
商売往来にもない稼業だが、この湯灌場買いというものはたいそう利益のあった傍道わきみちで、寺のほうでは無代ただでも持って行ってもらいたいくらいなんだから、いくらか置けばよろこんで下げてくれる。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)