点滴てんてき)” の例文
旧字:點滴
夕方芭蕉ばしょうに落ちた響はもう聞こえない代りに、亜鉛葺トタンぶきひさしにあたる音が、非常に淋しくて悲しい点滴てんてきを彼女の耳に絶えず送った。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
血痕は点滴てんてきとなって断続し乍ら南へ半丁程続いて、其処そこには土に印された靴跡くつあとや、辺りに散乱している衣服のきれなどから歴然と格闘の模様が想像された。
上海された男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
いや、庭樹にわきしげり、雨の点滴てんてき、花の開落などいう自然の状態さえ、平凡なる生活をして更に平凡ならしめるような気がして、身を置くに処は無いほど淋しかった。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
断崖の左右にそびえて、点滴てんてきこえするところありき。雑草ざつそう高きこみちありき。松柏まつかしわのなかをところもありき。きき知らぬ鳥うたへり。褐色なるけものありて、をりをりくさむらおどり入りたり。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
点滴てんてき石を穿うがつ——この雨垂れのような水でも、こうひっきりなしに落ちてくるうちには……」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
何たる神秘、落ちついた真青な輝き……暗い深夜の秘密に密醸された新鮮な酸素の噎びが雨後の点滴てんてきと相連れて、冷たい霊性の火花も今真青にわなゝき出した。……その下に猫がゐる。
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
点滴てんてきの石を穿うがつがごとく、賓頭顱びんずるの頭がおのずから光明を放つがごとく、不思議薫ふしぎくん不思議臭ふしぎしゅうたとえのごとく
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
春蘭のやき葉叢はむらの香のつつ点滴てんてきの音は鉢のにあり
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
戸外にようやく音を立て始めた点滴てんてきを聞いて
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
なるほど充分に雨を含んだ外套がいとうすそと、中折帽のひさしから用捨なく冷たい点滴てんてきが畳の上に垂れる。折目おれめをつまんでほうり出すと、婆さんの膝のそば白繻子しろじゅすの裏を天井に向けて帽がころがる。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「さあ、もう時間よ」と注意したとき、彼はこの点滴てんてきの音を聞きながら、もう少し暖かい蒲団ふとんの中にぬくもっていたかった。けれども血色のよくない御米の、かいがいしい姿を見るやいな
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
手紙は点滴てんてきの響のうちしたためられた。使がほろの色を、打つ雨にうごかして、一散に去った時、叙述は移る。最前宗近家の門を出た第二の車はすでに孤堂先生の僑居きょうきょって、応分の使命をつくしつつある。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)