溜塗ためぬり)” の例文
と賛之丞は、そこにいる者達へ、敢然と言ってみせて、さて、溜塗ためぬりの長いさやを、やおらという風に腰へ差した。
八寒道中 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
石菖せきしょうの水鉢を置いた欞子窓れんじまどの下には朱の溜塗ためぬりの鏡台がある。芸者がひろめをする時の手拭の包紙で腰張した壁の上には鬱金うこんの包みを着た三味線が二梃にちょうかけてある。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
けやきの皮を用いるのが特色であります。姿は横長で左右の紐穴ひもあなには好んで鹿のつのを用います。外側は多く溜塗ためぬりでありますが、内側は朱塗で屋号を焼印で押します。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
溜塗ためぬりのお粗末な脇差を天秤てんびん差しにし、懐から手先を出して、へちまなりの、ばかばかしくながい顎の先を撫でながら、飽きたような顔もしないでのんびりときいている。
顎十郎捕物帳:04 鎌いたち (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「朝のお召物はここに置きます」と斎藤夫人は溜塗ためぬりのみだれ籠を示した、「お呼びになれば小間使がまいるでしょうけれど、お着替えは自分でなさるほうがいいでしょう」
やぶからし (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
直ぐにお茶だのお菓子だのお強飯こわに口取りを添えた溜塗ためぬりの高台だのが運ばれて
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
かしこまりて何某なにがしより、鳥籠とりかごたか七尺しちしやくなが二尺にしやくはゞ六尺ろくしやくつくりて、溜塗ためぬりになし、金具かなぐゑ、立派りつぱ仕上しあぐるやう作事奉行さくじぶぎやう申渡まをしわたせば、奉行ぶぎやう其旨そのむねうけたまはりて、早速さつそく城下じやうかより細工人さいくにん上手じやうずなるを召出めしいだし
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
あなたこなた姿をさがすうちに、溜塗ためぬりの美々しい輿こしがあったので、初めて、ここと信念され、信長の部下たちは一層勇気づいて功を競い合ったというほどである。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
様々な塗物が出来ますが、特に珍らしいのは茶盆ちゃぼんの類で、足附のものや、ごく低い巾広のふちを持ったものなどは沖縄だけのものであります。箪笥たんすも特色のある美しい溜塗ためぬりのがあります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
土蔵の二階は暗かった、番札をった長持ながもち唐櫃からびつや、小道具を入れる用箪笥ようだんすなどが、南の片明りを受けて並んでいる。お美津は北側の隅へ正吉をれて行って、溜塗ためぬり大葛籠おおつづらの蔭をのぞきこんだ。
お美津簪 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ぐと長火鉢ながひばちの向うに据えた朱の溜塗ためぬりの鏡台の前に坐った。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)