湯沸ゆわかし)” の例文
夜具は申すまでもなく、絹布けんぷの上、枕頭まくらもと火桶ひおけ湯沸ゆわかしを掛けて、茶盆をそれへ、煙草盆に火を生ける、手当が行届くのでありまする。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
く近く住むところから、その人達が土瓶どびん湯沸ゆわかしげて見舞に来てくれた。お雪は手拭てぬぐいを冠ったりったりした。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
楯井さんのおかみさんは、大きな湯沸ゆわかしに水をくもうと思って外に出ると、まもなく変な顔をして戻って来た。
惨事のあと (新字新仮名) / 素木しづ(著)
「どうも失敬です」と主人は恐縮のていで向き直る。折よく下女が来て湯沸ゆわかしと共に膳椀を引いて行く。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
娘は自分の家に使っている黄銅の湯沸ゆわかしや、青い錆の出た昔の鏡や、その他、すべて古くから伝わっていた器物以外に眼をたのしましたような、鮮かな緑、活々いきいきとした紅、冴え冴えしい青
(新字新仮名) / 小川未明(著)
湯沸ゆわかしの下を見ているだけのことしかできない不具かたわ者だった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
由「婆さん湯沸ゆわかしを借りて」
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
が、註文通り、火鉢に湯沸ゆわかしが天上して来た、火もかッと——この火鉢と湯沸が、前に言った正札つきなる真新しいのである。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
以前まへから僕は寺の生活といふものに興味を持つて居た。』と丑松は言出した。丁度下女の袈裟治けさぢ(北信に多くある女の名)が湯沸ゆわかしを持つて入つて来た。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
机の前にすわって、ぼんやりしていると、下女が下から湯沸ゆわかしに熱い湯を入れて持ってきたついでに、封書を一通置いていった。また母の手紙である。三四郎はすぐ封を切った。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ちょっとした葭簀張よしずばりの茶店に休むと、うばが口の長い鉄葉ブリキ湯沸ゆわかしから、渋茶をいで、人皇にんのう何代の御時おんときかの箱根細工の木地盆に、装溢もりこぼれるばかりなのを差出した。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
軈てまた袈裟治が湯沸ゆわかしを提げて入つて来た時、やうやく丑松は起上つて、茫然ぼんやりと寝床の上に座つて居た。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
下宿へかへると、酒はもう醒めて仕舞つた。何だかつまらなくつて不可いけない。机の前にすはつて、ぼんやりしてゐると、下女がしたから湯沸ゆわかしに熱い湯を入れて持つてついでに、封書を一通置いてつた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
指揮さしずと働きを亭主が一所で、鉄瓶がゼロのあとで、水指みずさしが空になり、湯沸ゆわかし俯向うつむけになって、なお足らず。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
岸本は洗面台の横手にある窓の下へアルコオル・ランプと湯沸ゆわかしを取りに行った。それは何処どこかの画室のすみころがっていたのを岡が探出して以前に持って来てくれたものであった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この店の女房が、東京ものは清潔きれいずきだからと、気を利かして、正札のついた真新しい湯沸ゆわかし達引たてひいてくれた心意気に対しても、言われた義理ではないのだけれど。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
台所の薬鑵ゆわかしにぐらぐらたぎったのを、銀の湯沸ゆわかしに移して、塗盆で持って上って、(御免遊ばせ。)中庭の青葉が、緑の霞に光って、さし込むなかに、いまの、その姿でしょう。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
空蝉うつせみの身をかえてける、寝着ねまき衣紋えもん緩やかに、水色縮緬の扱帯しごきおび、座蒲団に褄浅う、火鉢は手許に引寄せたが、寝際に炭もがなければ、じょうになって寒そうな、銀の湯沸ゆわかしの五徳を外れて
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)