沃野よくや)” の例文
と、彼に似気にげない謙虚で言った。——が尊氏は、多年つちかっていた沃野よくや鎌入かまいれをしたまでのこととし、すぐ、別なむねを言いだしていた。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
倫敦、巴里、伯林、紐育、東京は狐兎のくつとなり、世は終に近づく時も、サハラの沃野よくやにふり上ぐる農の鍬は、夕日にきらめくであろう。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ゲネサレはカペナウムより南方、ヘロデ王の居城たるチベリアスに続く細長き沃野よくやで、穀産豊かに、人口稠密ちゅうみつでありました。
そうすると、曲馬団の天幕テントのような思い思いの建築に沃野よくやの風が渡って、遠く聞える夏の進軍喇叭らっぱに子供みたいに勇み立っているモスコウが意識される。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
此地こゝでない、どこかほかところに広々とした、まだ何者にも耕し古るされてゐない新鮮な沃野よくやが拡がつてゐる。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
ショパンはこの二人の大作曲家とは全く違った方向にピアノ音楽の沃野よくやを開拓した。ショパンにおいては、彼自身全くピアノに没入し、ピアノの霊と一体になった。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
山をくだるとき、おい満洲を汽車で通ると、はなはだ不毛ふもうの地のようであるが、こうして高い所に登って見ると、沃野よくや千里という感があるねと、橋本に話しかけたが
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
丙は時として荊棘けいきょくの小道のかなたに広大な沃野よくやを発見する見込みがあるが、そのかわり不幸にして底なしの泥沼どろぬまに足を踏み込んだり、思わぬ陥穽かんせいにはまってき目を見ることもある。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかし早晩誰かが出てこの未墾の地にすきを入れねばならぬ。それが耕すに足りる天然の沃野よくやであるということに疑いはない。私はここに最初の難多き準備の仕事に身を置いたのである。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
その国のドルイド教の僧輩反抗もっとも烈しかったので尊者やむをえずその沃野よくやとこうてたちまち荒れた沼となし川を詛うて魚を生ぜざらしめ缶子を詛うていくら火を多くいても沸かざらしめ
まだまだ至るところに沃野よくやが待っている
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
飢えた沙漠がなみうつ沃野よくやにかえられ
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
おかげで渡舟わたしはすぐ着いた感じだ。印南いなみの春は、麦の青、菜の花の黄、まっ平らな沃野よくやだが、すぐそこが宿場だし、さらに西にも川が望まれる。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
みどりの沃野よくやにかこまれた「古い近代都市」のところどころに名ある建物がそびえ、水面に小蒸汽がうかび、白亜はくあの道を自動車が辿り、この刹那凝然としているストックホルムのうえに
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
そして、彼女のうたう子守唄は、すぐ庭先をながれている吹雪ふぶきたに渓水けいすいに乗って、ひろい沃野よくやへ聞えて行く——
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この日は、嘉禄かろく元年の四月の半ばであった。沃野よくやには菜の花がけむっていた、筑波も、下野しもつけの山々も、かすみのうちから、あきらかに紫いろの山襞やまひだを描いていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
望み給え。そこは、四方みな嶮岨けんそといえ、ひとたび峡水きょうすいをこゆれば、沃野よくや千里、民は辛抱づよく国は富む。いまもし荊州の兵をひきい、ここを占むれば、大事を
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
文化的には、ここは沃野よくやをかかえ、嶮山けんざんを負い、京都諸地方への交通路をやくして、天産に恵まれ、農工もさかんだし——水はうるわしく、女もきれいだが、日吉は心のうちで
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そもそも、孟獲の本国、南蛮中部の蛮都ばんとは、雲南(昆明)よりはもっと遥か南にあった。そして、蛮都の地名を銀坑洞ぎんこうどうとよび、沃野よくや広く三江の交叉地に位置しているという。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふたを開いて、これを展じれば、千山万水、峨々たる山道、沃野よくや都市部落、一望のうちに観ることができる。すなわち、彼が蜀を立つときから携え歩いていた「西蜀四十一州図」の一巻だった。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
益州(四川省)はどうかといえば、要害堅固で、長江の深流、万山のふところには、沃野よくや広く、ここも将来を約されている地方ですが、国主劉璋りゅうしょうは、至って時代にくらく、性質もよくありません。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)