気燄きえん)” の例文
旧字:氣燄
あまり気燄きえんが高かった時、代助が、文学者も恐露病にかかってるうちはまだ駄目だ。一旦日露戦争を経過したものでないと話せないと冷評ひやかし返した事がある。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
原稿料を手に入れた時だけ、急に下宿の飯を不味まずがって、晩飯には近所の西洋料理店レストーラントへ行き、髭の先に麦酒ビヤーの泡を着けて、万丈の気燄きえんを吐いていたのだから
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
彼等はそれぞれ郷党に根を張って民間の不平分子に反政府の気燄きえんを養わしめ、ついで民権運動が燎原の火のごとく拡がっていよいよその気勢を激越ならしめた。
渡良瀬川 (新字新仮名) / 大鹿卓(著)
腹の奥底に燃えて居った不平が、吾れ知らず気燄きえんに風を添えるから、意外に云い過した。余りに無遠慮な予のことばに、岡村は呆気あっけにとられたらしい。黙って予の顔を見て居る。
浜菊 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
何ぼ何でもこの年になって色気いろけで芸者は買えません。芸でも仕込んで楽しむより仕様がない。あなたの前だから遠慮なく気燄きえんを吐きますが僕はこう見えてもこれでなかなか道徳家のつもりです。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
先生の気焔きえん益々ますますたかまって、例の昔日譚むかしばなしが出て、今の侯伯子男を片端かたっぱしから罵倒ばとうし初めたが、村長は折を見て辞し去った。校長は先生が喋舌しゃべくたぶれい倒れるまで辛棒して気燄きえんの的となっていた。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
家主、職は柱下に在りといえども、心は山中に住むが如し。官爵は運命に任す、天の工あまねし矣。寿夭じゅよう乾坤けんこんに付す、きゅういのることや久し焉。と内力少し気燄きえんを揚げて居るのも、ウソでは無いから憎まれぬ。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
笑談とも真面目とも片のつかない彼の気燄きえんには、わざと酔の力をろうとする欝散うっさんかたむきが見えて来た。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
プスリプスリといぶるような気燄きえんを吐いて、散々人を厭がらせた揚句に、僕は君に万斛ばんこくの同情を寄せている、今日は一つ忠告を試みようと思う、というから、何を言うかと思うと
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「おれの云う事もやっぱり夢のごとしか。アハハハハ時に将門まさかど気燄きえんを吐いたのはどこいらだろう」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
始終しじゅう机に向って沈黙の間に活字的の気燄きえんを天下に散布している叔父は、実際の世間においてけっして筆ほどの有力者ではなかった。彼はあんにその距離を自覚していた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もし採用されなかったら丈夫玉砕瓦全を恥ずとか何とか珍汾漢ちんぷんかん気燄きえんを吐こうと暗に下拵したごしらえに黙っている、とそれならこれにしようと、いとも見苦しかりける男乗をぞあてがいける
自転車日記 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのうち愚図々々ぐずぐずしているうちに、この己れに対する気の毒が凝結し始めて、ていのいい往生レシグネーションとなった。わるく云えば立ち腐れを甘んずる様になった。其癖そのくせ世間へ対してははなは気燄きえんが高い。
処女作追懐談 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「なあに、いいですよ。ああら物々し盗人ぬすびとよ。手並はさきにも知りつらん。それにもりず打ち入るかって、ひどい目に合せてやりまさあ」と寒月君は自若として宝生流ほうしょうりゅう気燄きえんいて見せる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
用事もなさそうな男女なんにょがぞろぞろ動く中に、私は今日私といっしょに卒業したなにがしに会った。彼は私を無理やりにある酒場バーへ連れ込んだ。私はそこで麦酒ビールの泡のような彼の気燄きえんを聞かされた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「苛めやしません。あいつが耶蘇教ヤソきょうのような気燄きえんいただけです」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼はつい今まで自分の過去をろくでなしのようになしていたのに、酔ったら急に模様が変って、後光ごこうぎゃくに射すとでも評すべき態度で、気燄きえんき始めた。そうしてそれが大抵は失敗の気燄であった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)