棄鉢すてばち)” の例文
毎夜棄鉢すてばちな酒ばかりあふつてゐる十八の娘、ヱロの交渉となると、何時もオ・ケで進んで一手に引受けることにしてゐる北海道産れの女、等々。
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
志を得たならば必ず此の子を太子にと、蒯聵かいがいは固く決めていた。息子の外にもう一つ、彼は一種の棄鉢すてばちな情熱の吐け口を闘雞戯に見出していた。
盈虚 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そこでお峯は棄鉢すてばちの捨科白を叩きつけるといふ最も一般的な敗北の公式に順つて、自分の末路を次のやうに結んだ。
村のひと騒ぎ (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
という棄鉢すてばちな気持が発生わいて来た——その中には、多分、この辺がやっと見当のついて来た安堵もあったろうが——。
自殺 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
蚊帳かやもつらないで全身を蚊の食うに任せ、ふてくされた女房の様に、棄鉢すてばちに、口癖の「死んじまえ。死んじまえ」を念仏みたいに頭の中で繰返していた。
夢遊病者の死 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「これの兄も御存じの通り随分変人ですから」と御母おっかさんは遠廻しに棄鉢すてばちになった娘の御機嫌をとる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「やツ、」とひとツ、棄鉢すてばち掛聲かけごゑおよんで、敷居しきゐ馬乘うまのりに打跨うちまたがつて、太息おほいきをほツとく……
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
所詮どうせ死ぬなら羊羹でも、天麩羅てんぷらでも、思うさま食ってやれと棄鉢すてばちになっても、流動物ほか通らんのだから、喰意地くいいじが張るばかりでカラキシ意気地いくじはない。ア餓鬼だナア!
「どうぞ。いらしって頂戴! 歓待するわ。」新子も、騎虎きこの勢い、やや棄鉢すてばち気味にいった。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
小池が突然棄鉢すてばちのやうな調子でう言ふと、お光はべにいた如く、さつと顏をあかくした。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
そして、何か云われたのに、二円五十銭ずつ二回に払ったのですが、と答えたときの自分自身の見えすいたずるさのために、自らをひくくしたはずかしさと棄鉢すてばちをおぼえました。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
私は、ぞつとして、思ひまどつた。では、私の一等おそれてゐたことは、多分實現したのだ。多分彼は英國を去つて、棄鉢すてばちな絶望に驅られて、大陸の以前の生活に走つたのに違ひない。
甲子太郎の調子はひどく棄鉢すてばちですが、父親が自殺したとは信じてゐない樣子です。
どうにもならない戦災者の棄鉢すてばちで、やたらにその男にものごとを頼みに行けば、その男は万事快く肯いてくれるのではあるが、それでいてやはり私は薄暗い翳にうなされているようだった。
曲者 (新字新仮名) / 原民喜(著)
時にはこれも畢竟ひっきょう妹夫婦があんまり意気地がないから親類までが馬鹿にするのだと独りで怒ってみて、どうでもなるがいいなどと棄鉢すてばちな事を考える事もあったがさて病人の頼み少ない有様を見聞き
障子の落書 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そこでとうとう棄鉢すてばちになって四冊を出しただけで廃してしまった。
もとの杢阿弥もくあみか、とつぶやいて、棄鉢すてばちのように声を立てて笑った。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
棄鉢すてばちの気持になって言った。
遁走 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
ここへ引移って来てから、貸越の大分たまって来ている羅紗らしゃの仲買などに、お島は投出したような棄鉢すてばちな調子で言っていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
棄鉢すてばちと、諦らめと、併し激しい興奮が分つた。そして椿の或る長所がふと判断に浮んだとき、彼は足を速めて山門の奥へ走り込んだ。殆んど敗北の快さを感じた。
(新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
まして棄鉢すてばちに目を眠った処を、すそからずるずると引張るから、はあ、こりゃおいでなすったかい。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さすがに親の名前や過去の歴史はいくら棄鉢すてばちになっても長蔵さんには話したくなかった。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
死に直面して棄鉢すてばちになった私でも、この憎悪丈けはどうすることも出来なんだ。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
という・小さい者の恐怖から生れた・棄鉢すてばち的な強い願望だった。
狼疾記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
相手に棄鉢すてばちに出られると、反つて恐ろしい事になりさうです。
種々な理由で白熱的な棄鉢すてばち気味にむしろ快く溺れたらしい叔父は、その意味では豪傑も恐喝も眼中にない様子で、二千円には鼻もひつかけない冷然たる挨拶だつた。
狼園 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
あの棄鉢すてばちな気紛れものと、このあねさんでなくッちゃ、当節では出来ない仕事。また出来でかされちゃ大変でがすのに、とうとう見事みんごと仕出来した。何という向不見むこうみずな寄合でしょうな。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
どこか船で渡るような遠い外国へ往って、労働者の群へでも身を投じようかなどと、棄鉢すてばちな空想にふけったりした。夜明方まで作と闘った体の節々が、所々痛みをおぼえるほどであった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
桜井氏が泣きそうな顔になるのを、こらえ堪え、棄鉢すてばちな調子になって云った。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
うすつぺらと出鱈目と棄鉢すてばちがどの街角にもごろ/\してゐるに極つてゐた。そして一思ひにあの飲んだくれの純情家と結婚して、酔つぱらつて踊つて、だだつ子のやうに眠つてしまふのだ。
といって、愛吉はフンと棄鉢すてばちの鼻息。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)