あた)” の例文
私は彼の右手が高く、ゆるやかな動きをみせて、あたかも舞台の上に立つ名優の所作のごとく、同じ位置を幾度いくたびとなく旋廻するのを見た。
早稲田大学 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
その状あたかも仏教累世の仇敵たる史学が一朝その方向を転じて我が味方となりたるが如く感ぜられ、仏教家なるものすこぶる得意の色を現はし
仏教史家に一言す (新字旧仮名) / 津田左右吉小竹主(著)
それはあたかもかの仏蘭西フランスの植木家の手になるピラミツド形、車輪形或は花環形の奇異なる草木をいたずらに連想せしむるのみで
婦人解放の悲劇 (新字旧仮名) / エマ・ゴールドマン(著)
理想主義者とはあたかも重き鉄槌を振りまはし義務と云ふ概念の砂礫を道路に打ち込み以て他人の旅行を容易ならしめんと企てるが如き人である。
恋愛と道徳 (新字旧仮名) / エレン・ケイ(著)
そして彼女達の手にある小さい本と比べてゐる樣子は、あたかも飜譯のときに字引でも引いてゐるやうに見えるのであつた。
あたかも我々に最初から弾圧が無いかのような、又はそれを全く予想していないかのような、敗北的な見地に立っている。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
もやが眼にかかった、二人はあたかも舟を通りぬけて沈み、海を通りぬけて沈み、海の底の無限の空虚を通りぬけて沈み
かなしき女王 (新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
極めて荘重な足取で、半歩ほど前に進み出て、あたかも神前で何事かを誓うかのように、両手を前に握り合せつつ私を見下した。暗示的な、ゆるやかな口調で云った。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
頬は、肺病患者によくある病的紅潮を呈し、そして鼻の両側に出来た深いくぼみは、あたかも止め度ない涙のために、そこのところだけったかと思わせるのであった。
碧眼 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
それに春浪しゅんろう冒険将軍が都合で帰京したので、あたかも百千の味方を失ったような心地だ。
……それはあたかも、死自体のもつ意志のやうに思はれた。まげがたく、また甘えがたい冷めたさだつた。それゆえむしろ、その冷めたさに凭れることが、彼を休息させるのだつた。
或夜翁は、忽然こつぜんとして悟ったという。……その日はあたかも冬で雪の降る日であった。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
うち見るところ、あたかも両手両足を断ち斬られた素裸すはだかの美女の首付きの胴体である。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
むくむくと生えた生垣いけがきのつづいた路は、まるで天井のないトンネルのように暗かったけれど、空には、あたかもあなだらけの古ブリキ板を、太陽にかざし見たように、妙にチカチカと瞬く星が
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
貸さる我が羽織の上へ重ねても大きければ向ふ山風に吹き孕みてあたかも母衣ほろの如しあとの馬の露伴梅花の兩子いろ/\に見立みたてあざみ笑ふこゝは信濃の山中やまなかなり見惡みにくしとてさぶさにかへられんや左云ふ君等の顏の色を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
下への混雑湧くがごとき中に黒田伯のみは断然として毫も動かるるの色はなく、あたかも不動明王が猛火を背負って泰然自若たるの色あり。大隈伯もまた猛火の中に纏を
早稲田大学 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
あたかも近づく者を警戒でもするように、一しきり屍体の周囲を飛びまわってから、やがてじっと羽を据えていたが突然ブルダンの蒼ざめた唇めがけてまっすぐに飛んで行った。
青蠅 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
ところがそのうちに、だんだんと落ち付いて来ると、時あたかも大唐朝没落の前奏曲時代で、兇徴、妖孼ようげつ頻々ひんぴんとして起り、天下大乱の兆が到る処に横溢しているのに気が付いた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
遠く望めば山の形あたかも円筒まるづつを立てたるがごとく、前面は直立せる千丈の絶壁、上部は鬱蒼うっそうとして樹木生茂っている。一見いっけん薄気味の悪い魔形の山、お伽噺とぎばなしの中にある怪物のむ山である。
或る芸術品に対した時、其の作品から吾人は何等の優しみも、若やかな感じも与えられず、あたかも砂礫のような、乾固したものであったなら、其れは芸術品としての資格を欠くと謂い得る。
若き姿の文芸 (新字新仮名) / 小川未明(著)
外に出るや否や、笠原はあたかも昨日からの心配事を一気に吐き出すように
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
しかもなおこの偉大な先達が、あたかもそれが最も斬新な、正しい音楽であるかのように、全く反省するところなしに単なる描写音楽を、例えば「西風の見たところ」、「雨の庭」と言った類いの作品を
FARCE に就て (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
また快活に語ってあたかも神々しい天の光を認めたように浮き立つ場合がある。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
しかし、今、私の前で広場の正面に列をつくり、スクラムを組んであたかも組織された軍隊のように整然と隊伍を整えている学生の表情は一定の法則を保って硬化してしまっているように見える。
早稲田大学 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
只の一度も争論いさかいなどしたことはなかった。そうした交情は、彼女にとってはあたかも終身年金の支払をうけているようなもので、それが突然に終りをつげるというようなことは夢にも思えなかった。
フェリシテ (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)