“循(したが)” の例文
国家統治ノ大権ハ朕カ之(これ)を祖宗ニ承(う)ケテ之ヲ子孫伝フル所ナリ朕及朕カ子孫ハ将来此(こ)ノ憲法ノ条章(じょうしょう)ニ循(したが)ヒ之ヲ行フコトヲ愆(あやま)ラサルヘシ
大日本帝国憲法 (旧字旧仮名) / 日本国(著)
されども擅(ほしいまま)に謝張を殺し、妄(みだり)に年号を去る、何ぞ法を奉ずると云わんや。後苑(こうえん)に軍器を作り、密室に機謀を錬る、これ分(ぶん)に循(したが)うにあらず。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
これは摂津国屋の嗣子で、小字(おさなな)を子之助(ねのすけ)と云った。文政五年は午(うま)であるので、俗習に循(したが)って、それから七つ目の子(ね)を以て名となしたのである。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「地」というも勿論当時の地文学(ちもんがく)に循(したが)っての語であって、地球を意味せず、地を扁平(へんぺい)なものと見ての言(ことば)である。故に「地の基を我が置(す)えたりし時」というのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
空(くう)を望んで駿駆する日陽、虚に循(したが)つて警立する候節、天地の運流、いつを以て極みとはするならん。
富嶽の詩神を思ふ (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
が上(かみ)つ方(かた)においては例の有るを慮り無しを慮らざる用心から、依然旧慣に循(したが)わるるのであろう。
敵の遺棄屍体(したい)三千余。連日の執拗(しつよう)なゲリラ戦術に久しくいらだち屈していた士気が俄(にわ)かに奮(ふる)い立った形である。次の日からまた、もとの竜城(りゅうじょう)の道に循(したが)って、南方への退行が始まる。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
〔譯〕學を爲すの緊要(きんえう)は心の一字に在り。心を把(と)つて以て心を治む、之を聖學と謂ふ。政を爲すの着眼(ちやくがん)は情の一字に在り。情に循(したが)うて以て情を治む、之を王道と謂ふ。王道と聖學と二に非ず。
一つの主張から演繹(えんえき)せずに、無数の事実から帰納する、——それが時務を知るのである。時務を知った後に、計画を定める、——時に循(したが)って、宜しきを制すとは、結局この意味に外ならない。……
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「いゝえ。死刑だつて或る法則に循(したが)つて行はれるものです。その法則が自然から出てゐたつて、自然以外の或る威力から出てゐたつて、同じ事です。そして自然以外の威力は可抗力なのに、自然は不可抗力ですから、猶更堪へ難いのです。」
蓋(けだし)陛下の心に非ず、実に奸臣の為(な)す所ならん。心尚(なお)未(いま)だ足らずとし、又以て臣に加う。臣藩(はん)を燕に守ること二十余年、寅(つつし)み畏(おそ)れて小心にし、法を奉じ分(ぶん)に循(したが)う。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかしこれなお全州面積の七分二厘に過ぎません。さらにダルガスの方法に循(したが)い植林を継続いたしますならば数十年の後にはかの地に数百万エーカーの緑林を見るにいたるのでありましょう。
十二月、燕王河に循(したが)いて南す。盛庸兵を出して後を襲いしが及ばざりき。王遂に臨清(りんせい)に至り、館陶(かんとう)に屯(たむろ)し、次(つい)で大名府(たいめいふ)を掠(かす)め、転じて汶上(ぶんじょう)に至り、済寧(せいねい)を掠(かす)めぬ。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
国民の理想に循(したが)ひしものにして天理に反(そむ)きしものは甚だ稀なり、能(よ)く国民の志望を充たせし人は常に能く人類の幸福を増進せし人なり、ネルソンは英国民の理想に応(かな)ひて世界進歩に偉業を呈せり
ネルソン伝に序す (新字旧仮名) / 内村鑑三(著)