平素いつも)” の例文
顕文紗けんもんしゃの十徳に薄紫の法眼袴。切下髪きりさげがみにはたった今櫛の歯を入れたばかりです。平素いつもと少しの変わりもない扮装よそおいをして居るのでした。
正雪の遺書 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
美奈子は電車が、平素いつもの二倍もの速力で走つてゐるやうに思つた。彼女は、最後の一瞥を得ようとして、思ひ切つて顔を持ち上げた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
或日、私は、平素いつもより元氣なく私の勉強に取かゝつた。氣力の沮喪そさうが、鋭く感ぜられた失望によつて、たま/\起つたのだつた。
医者は死体にかぶせてあった敷布をとり除けた。家令のドバルは平素いつも着ているビロードの服を着、長靴を履いたまま、片手を下にして上向うわむきに倒れていた。
もっともこの沈黙はそう長くは続かなかった。一度その状態ありさまを通り越すと、彼女は平素いつものお雪にかえった。そして、晴々しい眼付をして、復た根気よく働いた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
平素いつも威望ゐぼうと、蒼白な其時の父の顔の厳粛さがひとりでに群集の同情に訴へたのである。二人は歩き進んだ。そして、私ははつきり父の顔を見る事が出来た。
父の死 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
けれど平素いつも利益ためになつてる大洞さんのお依頼たのみと云ひ、其れにお前も知つての通りの、此の歳暮くれの苦しさだからこそ、カウやつて養女わがこの前へ頭を下げるんぢやないか
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
奴さんはそこへ毎朝、九時までには必らず出かけて、自分の食膳を賑はす魚菜をみたてたり、アンティープ神父や、それから請負商の猶太人などと話し込んでゐるのが平素いつものならはしなんでな。
新しい妻を讃美さんびしながら、日本中で、一番得意な人間として、後から後からと続いて来る客に、平素いつもに似ない愛嬌あいきょうを振りいていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「なんのなんの飛んでもないことで。お菊様の進め上手に、つい平素いつもより度をすごし、眼は廻る、胸は早鐘、苦しんで居るところでございますわい」
赤格子九郎右衛門の娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
やが平素いつもの半分ばかりも講釈したところで本を閉ぢて、其日はもう其で止めにする、それから少許すこし話すことが有る、と言つて生徒一同の顔を眺め渡すと
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
平素いつもならてつきり遠の昔に寝こんでゐる時分であつたが、ちやうど今
平素いつもなら、母の一言半句にも背かない美奈子であるが、その夜の彼女の心は、妙にこじれてゐた。彼女は、黙つて返事をしなかつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
欝勃うつぼつとした精神は体躯からだ外部そとへ満ちあふれて、額は光り、頬の肉も震へ、憤怒と苦痛とで紅く成つた時は、其の粗野な沈欝な容貌が平素いつもよりも一層もつと男性をとこらしく見える。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
道程みちのりの遠く思われることは! そうして歩きにくく思われることは! そのくせ平素いつもの夜であったら、今もがいているこの位置から、紋也とお粂のいる笹家などへは
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
美奈子は電車が、平素いつもの二倍もの速力で走っているように思った。彼女は、最後の一瞥いちべつを得ようとして、思い切って顔を持ち上げた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
患者等の借りて住む家まで見て廻つたと言つて、帕子ハンケチに包んだものを提げながら戻つて来た。平素いつもよりは顔のソバカスなども濃く多く顕れ、色もすこし※ざめて居た。
灯火 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
領主 (品位ある風采、この時代の豪族に似つかわしき服装、腰に剣をつるす。左の窓口によりて湾の風景を眺む。)今日の夕日は平素いつもよりは別して美しく静かに見える。
レモンの花の咲く丘へ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
平素いつもなら、母の一言半句にも背かない美奈子であるが、その夜の彼女の心は、妙にこじれていた。彼女は、黙って返事をしなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
時々三吉は妻の顔を眺めたが、すこしも変った様子は無かった。三吉は平素いつものように食えなかった。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
さてその後に引き添ったは、他ならぬ彦兵衛老人で、頭巾、袖無し、平素いつものままだ。尚タラタラと続くものは、狼に猿に兎の群。頭上に円を描きながら、低く翔けるはふくろうである。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
が、あの美しい夫人が自分を尋ねて行くのを、ぢつと待つてゐて呉れるのだと思ふと、電車の速力さへ平素いつもよりは、鈍いやうに思はれた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
霜焼が痛いと言って泣いた時分からの捨吉のことをよく知っているお婆さんは彼が平素いつもに似ず晴々とした喜悦よろこびの色の動いた顔付で夏期学校の方から帰って来たのを見た。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と云うのは次郎吉の声が、平素いつもと大変ちがうからであった。妙に濁って底力がなく、それでいて太くて不快な響きがある。スッキリとした江戸前の、いつもの調子とは似ても似つかない。
善悪両面鼠小僧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「こんな風にして歩いちゃ可笑しいだろうか」と彼が串談じょうだんのように言うと、お俊は何処までも頼りにするという風で、「叔父さんのことですもの」と平素いつもの調子で答えた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
平素いつもにもなく召使いどもを連れて、あの大岩まで行って見ましたところ、綺麗な若いお侍様が——あなたのことでございますよ——気絶しておいで遊ばすので、すぐお助け致しましたものの
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
お梶は、平素いつもの通のお梶であった。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
斯う叔父さんは言つて居たが、しかし急激な動揺——新婚の為に起つて来た——が次第に沈まり、張詰めた気も緩むにつれて、お節は平素いつもの調子を回復とりかへした。矢張やつぱりお節はお節であつた。
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
とお石は驚き、「平素いつもに似ない行儀の悪さ、お前白痴ばかにおなりだね」
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
こうして彼が曾根の宿へ訪ねて来たのは、他でもなかった。彼は平素いつも曾根の口から聞く冷い刺すような言葉を聞きたくて来たのである。自分の馬鹿らしさを嘲られたくて来たのである。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
子供等が寝沈まった頃、お雪は何か思出したという風で、平素いつもにない調子で
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
駅夫等は集って歌留多かるたの遊びなぞしていた。田中まで行くと、いくらか客を加えたが、その田舎らしい小さな駅は平素いつもより更に閑静しずかで、停車場の内で女子供の羽子をつくさまも、汽車の窓から見えた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)