ゆるや)” の例文
斯う思うと幾分か心の中もゆるやかになり其のまま寝台へ上ったが、香気は極微弱では有るけれど余の神経へ最と妙なる影響を及ぼした。
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
我等はじめてかの針眼はりのめを出づるをえたり、されど山後方しりへにかたよれる高き處にいたりて、我等自由に且つゆるやかになれるとき 一六—一八
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
戦時は艦内の生活万事が平常ふだんよりかゆるやかにしてあるが、この日はことに大目に見てあったからホールの騒ぎは一通りでない。
遺言 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
冷淡無情なる法律においても深くとがむる所なれども、一歩を引いて家の内に入れば甚だゆるやかにして、夫婦親子の間に私有を争うものも少なし。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
側仕は来てやがて引下り、侯爵閣下は、その暑いひっそりした夜、眠れるようにと静かに体を馴らすために、ゆるやかな寝間著を著てあちこちと歩いた。
背は高く、面長おもながで、風采ふうさいの立派なことは先代菖助しょうすけに似、起居振舞たちいふるまいゆるやかな感じのする働き盛りの人が半蔵らの前に来てくつろいだ。その人がお粂の旦那だ。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
灰色の薄琥珀タフェタの室内服をゆるやかに着こなし、いささか熟し過ぎたるだいだいのごとき頬の色をしているのは、室内の温気うんきに上気したためであろうと見受けられた。
そしてしばらく一しょに黙って歩いている内に、男の唇の上に、ゆるやかな、鈍い微笑ほほえみの浮かんだのを、女が見附みつけた。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
山地においては水筋の屈曲していることを表現する語となったのかあるいはまた狭い谷を入って行って地勢が再びややゆるやかになったのを名づけたのであろう。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
藩士の監視は始の中は脱走をおそれてすこぶる厳重であったが湖山が日常の様子に安堵あんどして次第にゆるやかになり、遂には藩士中就いて詩を学ぶものもあるようになったという。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
障礙のない所を吹く風が、己の頭の周囲まはりに戦いでゐる。耳には大洋の怒つて叫ぶ旋律が聞える。日が沈んで身の周囲は闇になつて、乗つてゐる船が海の大波にゆるやかに揺られる。
中庭を前にした離座敷——この宿一番の座敷らしい——そこの床の間へ大門札を立てかけ、それを背にしてゆるやかに坐わり、婢の持って来た茶を喫しながら、要介は愉快そうに笑っていた。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
警察官吏のごときもチベット人に対しては余程ゆるやかにして居る形跡があるです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
看板で見たようなものじゃあない。上品で、気高いくらいでね。玉とも雪とも、しかもその乳、腹、腰の露呈あらわなことはまた看板以上、西洋人だし、地方のことだから、取締とりしまりも自然ゆるやかなんだろう。
すると、その右のドアは、熊城の肩を微かにかすって開かれたが、前方にも依然として闇は続いている。しかし、どこからとなく、ゆるやかな風が訪れてきて、そこが広い空間であるのを思わせるのだった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
レリーチェとツルビアの間のいとあらびいとすたれしこみちといふとも、これにくらぶれば、ゆるやかにして登り易き梯子はしごの如し 四九—五一
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
何となくゆるやかに落ち着いて、云わば神の使いに天降った天津乙女えんじぇるが其の使命を果たし、恭々しく復命する時の様も斯くやと、思われる所が有る
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
他の金利を見るような地主とは比較にもならないほどゆるやかな年貢ねんぐを米で受け取ることになっていたが、どこの裏畠とか、どこの割畠とか、あるいはどこの屋敷地とかも
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そのゆるやかな、静かな、平等な呼吸の音が、一間の沈黙を破つてゐるだけである。
少しゆるやかにする位の事はむろんあるべきはずですが、あるいは博奕ばくちをしたり公々然こうこうぜん汚穢おわい振舞ふるまいをしたり、神聖に保たるべき寺の中の騒しい事なお市場いちばより甚しいというに至っては言語道断ごんごどうだんの次第で
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)