口中こうちゅう)” の例文
ましてすん子のごとき、薩摩芋に経験のとぼしい者は無論狼狽ろうばいする訳である。すん子はワッと云いながら口中こうちゅうの芋を食卓の上へ吐き出した。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は、竹見からもぎとった火のついた煙草を、大口あいて、ぱくりと口中こうちゅうへ! まるで、はなしにある煙草ずきの蛙のように。
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
南無阿保原なむあぼはらの地蔵尊、口中こうちゅう一切いっさいやまいを除かせたまえ」と言って、その煙草を御供え申したのだそうである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
また白紙の札に妙な梵字ぼんじような字で呪文が書いてはってある。鍋被の女には歯というものがないようだ。いずれも虫が食ってしまったらしい。口中こうちゅうは暗いうつろである。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
霊廟れいびょうの土のおこりを落し、秘符ひふの威徳の鬼を追ふやう、立処たちどころに坊主の虫歯をいやしたはることながら、路々みちみち悪臭わるぐささの消えないばかりか、口中こうちゅうの臭気は、次第に持つ手をつたわつて
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
瞬く間に水、焼酎、まだ何やらが口中こうちゅう注入そそぎいれられたようであったが、それぎりでまたくう
ころげちた神童しんどう畸童きどう、どっちも、そこでは健在けんざいだったが、落ちゆくまに、竹童ちくどうはかれの耳タブをギュッとつかみ、蛾次郎はあいての口中こうちゅう拇指おやゆび、もう一本、はなのあなへ人差指ひとさしゆびッこんでいた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
諸君も御承知であろうが、汁にした薩摩芋の熱したのほど口中こうちゅうにこたえる者はない。大人おとなですら注意しないと火傷やけどをしたような心持ちがする。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
接伴せっぱん委員長のカーボンきょうは、金博士が、あまりにも空爆下くうばくかに無神経でありすぎるのにおどろき、周章あわてて持薬じやくのジキタリスの丸薬がんやくをおのが口中こうちゅうに放りこむと
頭を足蹴あしげにされた。腹にもった。胸元むなもとを踏みつけては、駆けだしてゆく。あッ、口中こうちゅうへ泥靴を……。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
昔のはかりごとを繰り返す勇気のなかった余は、口中こうちゅううるおすための氷を歯でくだいては、正直に残らず吐き出した。その代り日に数回平野水ひらのすいを一口ずつ飲まして貰う事にした。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
津田は歯磨粉で口中こうちゅうをいっぱいにしながら、また昨夜ゆうべの風呂場をさがしに廊下へ出た。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)