厭悪えんお)” の例文
旧字:厭惡
とはいへ、此男の存在は彼女にとつて厭はしいものだつた。出会の度を重ねれば重ねるほど、厭悪えんおは益々強くなつて行くのであつた。
水と砂 (新字旧仮名) / 神西清(著)
という不安と惧れに変っている、この家を出てむかしの生活へ帰る自分を考えると、お民は肌寒くなるような厭悪えんおを感ずるのだった。
初蕾 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かつては彼が記憶に上るばかりでなく、彼の全身にまで上った多くの悲痛、厭悪えんお畏怖いふ艱難かんなんなる労苦、及び戦慄せんりつ——それらのものが皆燃えて
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
愈々いよいよ其妻に対して厭悪えんおの情を増し虐待の状を増すことであろうと思うと、其妻に対しても気の毒でたまらぬ上に、其男の憎らしさが込みあげて来てならぬ。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それでわたくし反応はんのうしています。すなわち疼痛とうつうたいしては、絶呌ぜっきょうと、なみだとをもっこたえ、虚偽きょぎたいしては憤懣ふんまんもって、陋劣ろうれつたいしては厭悪えんおじょうもっこたえているです。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
そのとき彼の身内からは、憎悪とも厭悪えんおともつかぬ悪臭が噴きだしたような気がした。生理的な不快さが、さか立った毛穴からむんむんと放出しているのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
私は逆説をろうしているわけではない。人生の不幸、悲しみ、苦しみというものは厭悪えんお、厭離すべきものときめこんでうたぐることも知らぬ魂の方が不可解だ。悲しみ、苦しみは人生の花だ。
悪妻論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
子供は僕と同年位の男の子で、襤褸ぼろを着て、いつも二本棒を垂らしている。その子が僕の通る度に、指をくわえて僕を見る。僕は厭悪えんおと多少の畏怖いふとを以てこの子を見て通るのであった。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
彼はその厭悪えんおすべき蠢動しゅんどうのうちに、ただに現在の社会制度を掘り返すのみでなく、なお哲学をも、科学をも、法律をも、人類の思想をも、文明をも、革命をも、進歩をも、すべてを掘り返す。
すこぶる、高邁でない。モオパスサンは、あれほどの男であるから、それを意識していた。自分の才能を、全人格を厭悪えんおした。作品の裏のモオパスサンの憂鬱と懊悩おうのうは、一流である。気が狂った。
女人創造 (新字新仮名) / 太宰治(著)
あの災難の後、父がわざわざあの坊主を屈請くっしょうして、施行と供養を催して、自他の良心を欺かんとしたあの唾棄すべき喜劇。滑稽とも、悲惨とも言い様のないほどに、厭悪えんおを感じているのは事実です。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
兵と雖も屡々しばしば坑内へ入ることは鉱山事務所で厭悪えんおするのである。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
精神的にも肉躰的にも、余りに若かった真沙には、恐怖に代ってのしかかった義務の観念が新しい苦痛となり、抑えようのない厭悪えんお感となった。
柘榴 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かう言つた気質の彼女であつたから、暗い陰影をうしろに引きずつてゐるらしいその見知らぬ男の不安な存在は、彼女を厭悪えんおさせるに充分であつた。
水と砂 (新字旧仮名) / 神西清(著)
ほとんど差別のつかないものであった……多くの悲痛、厭悪えんお畏怖いふ艱難かんなんなる労苦、及び戦慄は、私の記憶に上るばかりでなく、私の全身に上った——私の腰にも
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
現時げんじ見解けんかいおよ趣味しゅみるに、六号室ごうしつごときは、まことるにしのびざる、厭悪えんおえざるものである。かかる病室びょうしつは、鉄道てつどうること、二百露里ヴェルスタのこの小都会しょうとかいにおいてのみるのである。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
彼が熱して来れば来るほど、僕の厭悪えんおと恐怖とは高まって来る。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
富三郎には少しも愛情をもっていなかったので、嫉妬などはまったく感じなかったが、けがらわしさと厭悪えんおとで、とつぜん激しい吐きけにおそわれ、夜具から出る暇もなく嘔吐した。
自己厭悪えんお、忿りも悲しみもない、それがむしろ彼をおどろかせる。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
厭悪えんおを感じさせたことはたしかだ
という厭悪えんおのおもいであった。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)