半鐘はんしょう)” の例文
町の木戸が厳重に閉されていて番太郎ばんたろう半鐘はんしょうたたく人もいないのにひとりで勝手に鳴響いている。種彦は唯ただ不審のおもいをなすばかり。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
これは随分大正の今日でも見る光景であって、たとい法螺の貝を吹かぬにしても、半鐘はんしょうでも乱打らんだして人の眠りを驚かすのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
床の中の夢は常のごとく安らかであった。寒い割に風も吹かず、半鐘はんしょうの音も耳にこたえなかった。熟睡が時の世界をつぶしたように正体を失った。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
長い通りの突当りには、火の見の階子はしごが、遠山とおやまの霧を破って、半鐘はんしょうの形けるがごとし。……火の用心さっさりやしょう、金棒かなぼうの音に夜更けの景色。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
電灯が消えると、にわかに聴力が鋭敏になったのだった。いままで聞こえなかった半鐘はんしょうの音が、サイレンに交って、遠近えんきんいろいろの音色をあげていた。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
町の方からは半鐘はんしょうも鳴らないし、ポンプも来ない。ぼくはもうすっかり焼けてしまうと思った。
火事とポチ (新字新仮名) / 有島武郎(著)
半鐘はんしょうの音はその暴風雨あらしの中にきれぎれに響いた。郡奉行こおりぶぎょうの平兵衛は陣笠じんがさ陣羽織じんばおり姿すがた川縁かわべりへ出張して、人夫を指揮して堤防の処どころへ沙俵すなだわらを積み木杭きぐいを打ち込ましていた。
水面に浮んだ女 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
半鐘はんしょうの火の見梯子ばしごと云うものは、今は市中に跡を絶ったが、わたしの町内にも高い梯子があった。或る年の秋、大嵐のために折れて倒れて、凄まじい響きに近所を驚かした。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あちらでもこちらでも、あの妙に劇的な音色を持った半鐘はんしょうの音が、人の心臓をドキドキさせないではおかぬ、凄い様な、それでいてどこか快い様な感じで打鳴らされていた。
恐ろしき錯誤 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
……遠く近くで打出す半鐘はんしょうの音……自動車ポンプのうなり……子供の泣き声、はたを織るひびき……どこかの工場で吹出す汽笛の音……と次から次へ無意識のうちに耳にしながら、右に曲り
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
日の暮れかたからちらちらしはじめ間もなくおおきい牡丹雪ぼたんゆきにかわり三寸くらい積ったころ、宿場の六個の半鐘はんしょうが一時に鳴った。火事である。次郎兵衛はゆったりゆったり家を出た。
ロマネスク (新字新仮名) / 太宰治(著)
まるで半鐘はんしょうでも鳴りだしたように、村中の人がとびだして、みんなそこへかけつけてきた。まっさきにきた竹一の父親は、うつむいてねている女先生に近よって、砂の上にひざをつき
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
「解りましたよ、親分、鈴でも半鐘はんしょうでも売って歩きますよ」
半鐘はんしょうが鳴らねえじゃねえか。火事はどこだ」
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
町の火の見で半鐘はんしょうが鳴った。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
半鐘はんしょうが鳴るぜ」
すなわち絶対だと云います。そうしてその絶対を経験している人が、俄然がぜんとして半鐘はんしょうの音を聞くとすると、その半鐘の音はすなわち自分だというのです。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
消防も半鐘はんしょうをたたいたので、近くの町や村々の消防や蒸気ポンプがわれもわれもと駈け付けましたが、何しろ騒ぎが大きいのと、どこの往来も人で一パイなので近寄ることが出来ません。
豚吉とヒョロ子 (新字新仮名) / 夢野久作三鳥山人(著)
半鐘はんしょう見梯子みばしごというものは、今は市中に跡を絶ったが、私の町内——二十二番地の角——にも高い梯子があった。ある年の秋、大風雨おおあらしのために折れて倒れて、凄まじい響きに近所を驚かした。
思い出草 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「お時、半鐘はんしょうでもっとけ、呼ぶに骨が折れてかなわん」
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
耳の奥で半鐘はんしょうの様なものが、ガンガンと鳴り出した。
灰神楽 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そのとき、けたたましく半鐘はんしょうが鳴りだした。
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
宗助は腕組をしながら、もうそろそろ火事の半鐘はんしょうが鳴り出す時節だと思った。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「こんな処は、半鐘はんしょうでもっとくがいいや」
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「オオ、兄貴、半鐘はんしょうだぜ。やっつけたな」
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)