億劫おくくふ)” の例文
斯うなると改めて東京へ歸つてゆくのが億劫おくくふになつた。いつそ此儘この沼津に住んでしまはうではないか、などと夫婦して話す樣になつた。
樹木とその葉:04 木槿の花 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
かへりもおそいが、かへつてから出掛でかけなどといふ億劫おくくふこと滅多めつたになかつた。きやくほとんどない。ようのないとききよを十時前じまへかすことさへあつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「さうでもないさ。」と漱石氏は億劫おくくふさうに言つた。「僕は芸者が嫌ひだつて言つたんぢやない、人間全体が嫌ひなんさ。」
富岡は、もう一度逢ひたいと云はれて、ゆき子の気持ちは充分判つてはゐたが、何故かそこまで話しあふのも億劫おくくふだつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
日本植物圖鑑ではすいばと云ふのが普通の名稱として認められてゐる。今はさう云ふ事が億劫おくくふであるから、此植物に關する本草學ほんざうがく的の詮索は御免をかうむる。
すかんぽ (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
執筆中は女中を呼んで籠をあけさせるのさへ億劫おくくふなものであるから、机の周りが散らかつて仕方がない。
文房具漫談 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
断られてみると、新しい宿をさがすのも億劫おくくふだしするので従姉の時子の宅へ泊めて貰ふことにした。
曠日 (新字旧仮名) / 佐佐木茂索(著)
蓮見も思はないことはなかつたが、長年デパアトで子供洋服の見立をやつて来てゐたので、何か億劫おくくふであつた。甘やかせば甘やかすほど附けあがる咲子の性質も気に入らなかつた。
チビの魂 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
インキ瓶を火鉢に縁に載せて、瓶の口から水蒸気ゆげが立つ位にして置いても、ペンに含んだインキが半分もなくならぬうちに凍つて了ふ、葉書一枚書くにも、それは/\億劫おくくふなものであつた。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
としかないためか、したまはらないので、抗辯かうべんのしやうが如何いかにも億劫おくくふ手間てまかつた。宗助そうすけ其所そことく面白おもしろおもつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
他の土地へ移るといふも億劫おくくふだし、矢張り沼津を——私が越して來てゐるうちに沼津町から沼津市に變つてゐた——中心として恰好かつかうな空家は無いかと探し始めた。
樹木とその葉:04 木槿の花 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
耶蘇は「汝等野の百合を見よ」と言つたが、百合を見ようとすれば、馬に乗つて郊外まで出掛けなければならぬ。それも億劫おくくふだ。蚊や蠅で判る事だつたら何も態々わざ/\郊外まで出掛けるにも及ぶまい。
気紛れな旅のやうな、んやりした心で、ゆき子は、寒々とした黄昏たそがれの車窓を眺めてゐた。静岡まで帰つて、実家へ行つてみようかとも考へたが、それも退屈だつた。知つた人に逢ふ事が億劫おくくふだつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
二三度土を踏みしめてゐると、急に新しい血が身軆に湧いて、其儘そのまま玄關を出かけてゆく。實は、さうするまではよそに出懸けてゆくにも億劫おくくふなほど、疲れ果てゝゐた時なのである。
のみならず、んなひと常態じやうたいとして、紙入かみいれそこ大抵たいてい場合ばあひには、輕擧けいきよいましめる程度内ていどないふくらんでゐるので、億劫おくくふ工夫くふうこらすよりも、懷手ふところでをして、ぶらりとうちかへはうが、ついらくになる。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
公園の何山とかいふに登れば眺望がいゝとの事であつたが、勞れてゐて出來なかつた。錢湯に行くすら億劫おくくふであつた。勞れるわけはないのだが、久し振に家を出た氣づかれとでもいふであらう。
梅雨紀行 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)