僅少わずか)” の例文
「いいえ、御前様の方へは、宿まで送り届けたといっておいてくだされば、それで済んでしまいます。ほんの僅少わずかなものですけれど」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
僅少わずか貯蓄たくわえで夫妻が冷たくなろうとは思われる理由がない。老妓の推測は自分だけの心にしかわからなかったのであろう。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
その面上にははや不快の雲は名残なごり無く吹きはらわれて、そのまなこは晴やかにんで見えた。この僅少わずかの間に主人はその心のかたむきを一転したと見えた。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
倶不戴天ぐふたいてんの親のあだ、たまさか見付けて討たんとせしに、その仇は取り逃がし、あまつさへその身は僅少わずかの罪に縛められて邪見のしもとうくる悲しさ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
山上の落日は、僅少わずかの人間に示す空中の美しさであろう、雲の山に帰る時、日の山に隠るる時、山上の世界は、無言の讃美をゆうべの光線に集めて了った。
武甲山に登る (新字新仮名) / 河井酔茗(著)
彼等のある者は非常に長い髪を垂れていると伝えられるが、これは殆ど禿頭はげあたまと云ってもい位で、脳天に僅少わずかばかりの灰色の毛がちょぼちょぼと生えているのみであった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
仏蘭西フランスの小説を読むと零落おちぶれた貴族のいえに生れたものが、僅少わずかの遺産に自分の身だけはどうやらこうやら日常の衣食には事欠かぬ代り、浮世のたのしみ余所よそ人交ひとまじわりもできず
ぜんのは背戸せどがずつとひらけて、向うの谷でくぎられるが、其のあいだ僅少わずかばかりでもはたけがあつた。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
と新吉は僅少わずかの金でも溜めて置いて呉れるのかと思いまして、手に取上げて見ると迷子札まいごふだ
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ふと向うの方を見ると、人数は僅少わずかだけれど行列が来るようだ。
菜の花物語 (新字新仮名) / 児玉花外(著)
おれは、代々、僅少わずか扶持ふちをもらって、生きているために、人間らしい根性をなくしてしまった、侍という渡世とせいが、つくづくいやになったんだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
豊島村の方より渡りて行く事僅少わずかにして荒川堤に出づ。堤は即ち花の盛りの眺望ながめ好き向島堤の続きにして、千住駅をてこゝに至り、なほ遠く川上の北側に連なるものなり。
水の東京 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
僅少わずかたたみへりばかりの、日影を選んで辿たどるのも、人は目をみはつて、くじらに乗つて人魚が通ると見たであらう。……素足すあしの白いのが、すら/\と黒繻子くろじゅすの上をすべれば、どぶながれ清水しみず音信おとずれ
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「宿で、道案内の事を心配して居ましたよ。其はいの、貴下あなた、頼まないでお置きなさいまし。途中の分らないところ僅少わずかあいだですから、私がお見立て申すわ。逗留とうりゅうしてよく知つて居ます。」
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)