上部うわべ)” の例文
結果が高木に対して勝つか負けるかに帰着する上部うわべから云えば、競争と見えるかも知れないが、動力は全く独立した一種の働きである。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
良人が、自分をほんとうは、少しも愛していず、ただ上部うわべの調子だけを合わしていることも、とっくに承知していた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
このまゝそつと御帰宅なされ候はゞ、親御様も上部うわべはとにかく、かならず手ひどい折檻せっかんなどはなされまじ。
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
……何しろ深い谷の底のことではあるし、堅雪にはなっていたが、上部うわべの解けた所に踏みこむと胸まで埋まるくらい積もっているのだから、先生にはどうしていいか分らなかった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
たいていの事が否応いやおうなしに進行します。万事が腹の底で済んでしまいます。それで上部うわべだけはどこまでも理想通りの人物を標榜ひょうぼう致します。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうした上部うわべ丈けの甘言に乗って、ウカ/\と夫人の掌上てのうえなどに、止まっている中には、あの象牙ぞうげ骨の華奢きゃしゃな扇子か何かで、ビシャリと一打ひとうちにされるのが
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
しかし世の中は虚偽でも上部うわべさえ形式に合っていれば、人が許すものだから、互の終りを全くして幸福を得ようとするには
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その上、愛児の生長が彼を家庭につなぎ止めているのと、酒をたしなまず、花柳界の趣味を解しないため、路傍の花に心を奪わるることなく、上部うわべだけは善良な良人であった。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「本当に違った人になったのなら何時でも取り消すが、そうじゃないんだ。違ったのは上部うわべだけで腹の中はもとの通りなんだ」
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
が、相手の本心を知らない父は、その空々しい上部うわべの理由だけに、うか/\と乗せられて、もしや相手の無躾ぶしつけな贈り物を、受け取りはしないかと、瑠璃子はひそかに心を痛めた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
こうして自分で自分を離れた気分を持ちながら、上部うわべだけを人並にやって行くのにはたの者はなぜ不審がらないのだろうと疑ぐって見たりした。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この女の嫣然えんぜんたる姿態や、妖艶な媚は皆上部うわべばかりの技巧なのだ。
忠直卿行状記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
現にこの私は上部うわべだけは温順らしく見えながら、けっして講義などに耳をかたむける性質ではありませんでした。始終なまけてのらくらしていました。
私の個人主義 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれども主人がかの煙草入を差して談判に来て以来、森本の事はもう聞くまいと決心したので、腹の中はともかく、上部うわべは知らん顔をしていた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
上部うわべにあらわれた言葉のやりとりはただこれだけに過ぎなかった。しかし三沢も自分もそこに変なにがい意味を味わった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「文学書だから上部うわべを奇麗にする必要があるのかね。それじゃ文学者だから金縁の眼鏡を掛ける必要が起るんだね」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただ上部うわべだけはいかにも静である。もし手足しゅそくの挙止が、内面の消息を形而下けいじかに運びきたる記号となり得るならば、この二人ほどに長閑のどか母子おやこは容易に見出し得まい。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
きりりと釣り上げた眼尻の尽くるあたりに、かんすじが裏を通って額へ突き抜けているらしい上部うわべを、浅黒く膚理きめの細かい皮が包んで、外見だけは至極しごく穏やかである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
気の所為せいか、茶を運ぶ時にも、妙に疑ぐり深い眼付をして、見られる様でならなかった。然し三千代は全く知らぬ顔をしていた。少なくとも上部うわべだけは平気であった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
上部うわべから見ると、夫婦ともそう物に屈托くったくする気色けしきはなかった。それは彼らが小六の事に関して取った態度について見てもほぼ想像がつく。さすが女だけに御米は一二度
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おれは言葉や様子こそあまり上品じゃないが、心はこいつらよりもはるかに上品なつもりだ。六人は悠々ゆうゆうと引きげた。上部うわべだけは教師のおれよりよっぽどえらく見える。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
兄さんの態度は碁を中途でやめた時ですら落ちついていました。上部うわべから見ると何の異状もない兄さんの心持は、おそらくあなた方には理解されていないかも知れません。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あのかたは少し己惚おのぼれ過ぎてるところがあるのよ。それから内側と外側がまだ一致しないのね。上部うわべは大変鄭寧ていねいで、おなかの中はしっかりし過ぎるくらいしっかりしているんだから。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
黒ずんだ、毒気のある、恐ろしを帯びた調子である。この調子を底に持って、上部うわべはどこまでも派出によそおっている。しかも人にぶるさまもなければ、ことさらに人を招く様子も見えぬ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「片付いたのは上部うわべだけじゃないか。だから御前は形式張った女だというんだ」
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただ上部うわべから見て平生の調子と何の変るところもない母が、この際高木と僕を比較して、腹の中でどう思っているだろうと考えると、僕は母に対して気の毒でもありまたうらめしくもあった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
上部うわべ所作しょさだけを人並に尽したところで、今さら始まらないんだから、いっそ下手にだまし合う手数てかずはぶいて、良心にそむかない顔そのままで、面と向き合おうじゃないかという無言の相談が
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「なに本当はお延のおかげで痛み始めたんだ」とも云えなかった津田は、この時急に自分が自分に駄々だだらしく見えて来た。上部うわべはとにかく、腹の中がいかにも兄らしくないのがずかしくなった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)