一輪挿いちりんざし)” の例文
「やあ、かわいい徳利だな。これ僕の家の一輪挿いちりんざしの花瓶とそっくりですね。この口のところなんか、ほんとうにそっくりですよ」
智恵の一太郎 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
真偽の分からぬ肉筆の浮世絵の軸物を掛けて、一輪挿いちりんざし山梔くちなしの花を活けた床の間を背にして座を占めた末造は、鋭い目であたりを見廻した。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
薔薇ばらの花を刺繍ぬいにした籃入かごいりのピンクッションもそのままであった。二人しておついに三越から買って来た唐草からくさ模様の染付そめつけ一輪挿いちりんざしもそのままであった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
侍女一 姫様は、閻浮檀金えんぶだごん一輪挿いちりんざしに、真珠の露でおけ遊ばし、お手許てもとをお離しなさいませぬそうにございます。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そう云いながら、瑠璃子は右の手に折り持っていた、真紅しんくの大輪のダリヤを、食卓テーブルの上の一輪挿いちりんざしに投げ入れた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
食堂のドーアを細目に開けてのぞいて見ると、今までいたはずの妙子が見えず、幸子と雪子とが食器だな抽出ひきだしからテーブルクロースを出したり、一輪挿いちりんざしを片附けたりしていた。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
違棚には箱入の人形を大小二つ並べて、その下は七宝焼擬しつぽうやきまがひ一輪挿いちりんざし蝋石ろうせきの飾玉を水色縮緬みづいろちりめん三重みつがさねしとねに載せて、床柱なる水牛の角の懸花入かけはないれは松にはやぶさの勧工場蒔絵まきゑ金々きんきんとして、花を見ず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
帆村は、このやさしい一輪挿いちりんざしの花に、目をつけたのだった。
爆薬の花籠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
朝顔を一輪挿いちりんざしに二輪かな
七百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
机の前に頬杖ほおづえを突いて、色硝子いろガラス一輪挿いちりんざしをぱっとおお椿つばきの花の奥に、小野さんは、例によって自分の未来を覗いている。幾通りもある未来のなかで今日は一層出来がわるい。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二人はついに硯箱すずりばこの前に飾ってある大事な一輪挿いちりんざしかえした。紫檀したんの台からころころと転がり出したその花瓶かびんは、中にある水を所嫌ところきらわずけながら畳の上に落ちた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ごうと音がして山のがことごとく鳴る。思わず顔を見合わす途端とたんに、机の上の一輪挿いちりんざしけた、椿つばきがふらふらと揺れる。「地震!」と小声で叫んだ女は、ひざくずして余の机にりかかる。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一輪挿いちりんざしを持ったまま障子をけて椽側えんがわへ出る。花は庭へてた。水もついでにあけた。花活はないけは手に持っている。実は花活もついでに棄てるところであった。花活を持ったまま椽側に立っている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)