“きょうちゅう”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
胸中36.4%
筐中13.6%
峡中9.1%
胷中9.1%
京中4.5%
恭忠4.5%
竅中4.5%
篋中4.5%
轎中4.5%
郷中4.5%
(他:1)4.8%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
思慮しりょのただ胸中きょうちゅうにあるのみにては、まだ男性の資格を充分に発揮はっきしたとは言いがたい。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
そう考えてしのびこんだ胸中きょうちゅうだいねん、おのずからりんのごとく眼脈がんみゃくえあがっているので
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
草木の種子、これを地にううれば芽を出だして草木の形を成し、これを筐中きょうちゅうにおさむれば依然として常に種子なり。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
その時筐中きょうちゅうおきたる書類しょるい大抵たいてい焼捨やきすてました、今日とりてはしき事をしましたと談次だんじ
宗徒むねとの旗本など、堅陣雲の如く、蜀の峡中きょうちゅうから南へ南へと押し流れて行った。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
甲州武士がふかく帰依きえしていた禅僧で、織田徳川の聯合軍が、峡中きょうちゅうへ討入って、山門へ火をかけた時、その楼上でしずかに炎に体を焼かせながら、
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
然程さほどに待っていてくれるとも分らず思いまどうて余の路に踏みまどうた、相済みませぬ、恐れ入りました、という謝まりの証文の一札の歌であって、胷中きょうちゅうも苦しかったろうが歌も苦しい。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
まだ其時は政宗が会津を取って居たのでは無いが、徳川氏からの使の旨で秀吉の意をすいすれば、秀吉は政宗が勝手な戦をして四方を蚕食しつつ其大を成すをよろこばざること分明であることが、政宗の胷中きょうちゅうに映らぬことは無い。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
下々しもじもの口かられて、たちま京中きょうちゅう洛中らくちゅう是沙汰これさただが——乱心ものは行方が知れない。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
父名は恭忠きょうちゅう、通称は同じく養竹であった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その上に沃盥よくかんす、少頃しばし蠕々ぜんぜん長きがごとし、竅中きょうちゅう泉湧き、倏忽しゅっこつ自ずからわだかまる、一席のごとく黒気あり香煙のごとし
このとき程済は辛くもかたみを砕き得て、篋中きょうちゅうの物を取出とりいだす。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
篋中きょうちゅうの朱書、道士の霊夢、王鉞おうえつの言、呉亮ごりょうの死と、道衍のこいと、溥洽のもくと、嗚呼ああ、数たると数たらざると、道衍けだし知ることあらん。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
抽斎の歿した時は、成善はまだ少年であったので、この時はじめて親子のわかれの悲しさを知って、轎中きょうちゅうで声を発して泣きたくなるのを、ようよう堪え忍んだそうである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
東游とうゆうせんとして郷中きょうちゅう諸友しょゆうに別るゝの長詩に、
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
したたるばかりの森影に、この妖姫ようきの住める美しの池はさざなみを立てて、じゃくとして声なき自然の万象をこの鏡中きょうちゅうに映じている。
森の妖姫 (新字新仮名) / 小川未明(著)