“かんれい”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
寒冷52.4%
函嶺14.3%
慣例9.5%
桓霊9.5%
管領9.5%
閑麗4.8%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
卯平(うへい)はそれと共(とも)に其(そ)の乾燥(かんさう)した肌膚(はだ)が餘計(よけい)に荒(あ)れて寒冷(かんれい)の氣(き)が骨(ほね)に徹(てつ)したかと思(おも)ふと俄(にはか)に手(て)の自由(じいう)を失(うしな)つて來(き)たやうに自覺(じかく)した。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
われは函嶺(かんれい)の東、山水の威霊少なからぬところに産(うま)れたれば、我が故郷はと問はゞそこと答ふるに躊躇(ためら)はねども、往時の産業は破れ、知己親縁の風流雲散せざるはなく
三日幻境 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
と云う慣例(かんれい)の挨拶を交(か)わして、其の群(むれ)に入る。一本の旗には「諸行無常(しょぎょうむじょう)」、一本には「是生滅法(ぜしょうめっぽう)」、一本には「皆滅々己(かいめつめっき)」、今一本には何とか書いてある。其上にはいずれも梵字(ぼんじ)で何か書いてある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
桓霊(かんれい)いまだ久しからず火徳衰(おとろ)う
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この年——享徳(きょうとく)四年の夏、鎌倉公方足利成氏(かまくらくぼうあしかがしげうじ)と管領(かんれい)の上杉氏が不和になって、その戦火で公方の館はあとかたもなく焼きはらわれ、公方は下総の味方へ亡命されたが、それ以来
明州(みんしう)の人(ひと)、柳氏(りうし)、女(ぢよ)あり。優艷(いうえん)にして閑麗(かんれい)なり。其(そ)の女(ぢよ)、年(とし)はじめて十六。フト病(やまひ)を患(うれ)ひ、關帝(くわんてい)の祠(ほこら)に祷(いの)りて日(ひ)あらずして癒(い)ゆることを得(え)たり。よつて錦繍(きんしう)の幡(はた)を造(つく)り、更(さら)に詣(まう)でて願(ぐわん)ほどきをなす。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)