馴致じゅんち)” の例文
徳川時代の家族形態によって馴致じゅんちせられた家族感情というようなものが、徐々に変化しながら今日までも或る程度に遺存してはいる。
日本精神について (新字新仮名) / 津田左右吉(著)
そうして、人間は完全に原始人への逆転を防止されて、善良なる国民に馴致じゅんちされると共に、自己本来の旅心は極度の暴圧をこうむっている。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
痲痺してしまって平気になった。僕はそれに気がついて、人間の馴致じゅんち性というのか、変通性というのか、自身のたより無さにあきれてしまった。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
故に、彼を向けて、西平関を守らせ、機に臨み、変に応じて、胡夷の勢をよく馴致じゅんちするときは、この一路の守りは、決して憂うるに足りません
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その気象をして馴致じゅんちせしめ、これをして結合協力の道を知らしめ、これをして自愛・他愛の関係を知らしめ、これをして社会の威力を感ぜしめ
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
全く公卿くげにも似た馴致じゅんちと遊楽と、形式と慣習と、些末さまつな事務よりほか何ものも約束しない、奉公の将来が、すっかり、底の見えたものに考えられてきた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
フランス革命に依って散兵——縦隊戦術となると、この隊形は傭兵に馴致じゅんちせられた横隊戦術の矛盾を一擲して強靭性を増し、側面に対する感度を緩和した。
戦争史大観 (新字新仮名) / 石原莞爾(著)
信順はすこぶる華美を好み、ややもすれば夜宴を催しなどして、財政の窮迫を馴致じゅんちし、遂に引退したのだそうである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
私の父母ふぼ、私の祖父母そふぼ、私の曾祖父母そうそふぼ、それから順次にさかのぼって、百年、二百年、乃至ないし千年万年の間に馴致じゅんちされた習慣を、私一代で解脱げだつする事ができないので
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私は、ひそかにこの男の、エティケットについて、或る意味での既成社交的への馴致じゅんちの傾向について、少なからず歴史的興味を抱いて観察している者の一人である。
日本の秋色:世相寸評 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
徳川時代からして以来陸上の交通が安全になり便利になったその状態に馴致じゅんちし、その旅行に際しては、主として鉄道によりて海路を避け、やむを得ず乗船するとしても
水だらけの子供を十人ばかり乗せ、櫓台の下へ田舟たぶねを漕ぎ近づけて、材木屋の貝原が、大声を挙げた。飛騨訛ひだなまりがそう不自然でなく東京弁に馴致じゅんちされた言葉つきである。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ところが資本主義の経済生活は、漸次に種子をその土壌から切り放すような傾向を馴致じゅんちした。
想片 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
アフリカのコンゴーでは象の馴致じゅんちを盛んにやる。近頃同地へ視察に行った人の通信によれば、目下馴らしている象が二十五頭でそのうち十九頭には種々の作業をさせている。
話の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
で、母親のケニンガム夫人は、このふたつの名前をいろいろに使って、それで娘を馴致じゅんちしようと心がけていた。言うまでもなく、ケニンガムは倫敦ロンドンから来ている家族である。
踊る地平線:11 白い謝肉祭 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
馴致じゅんちしつつ生活をするものだということを、幼児の肉体ばかりでなく、その良知良能に毎日毎日訴えつつ育ててゆくのだということを、ふかく自覚していることが大切である。
たましいの教育 (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
そうして平和主義的な文明諸国から嫉視された通り、その武力の過度な膨脹は果して世界の危険を馴致じゅんちしてこの度の大戦争となりました。今や世界の生活理想の方向は一転しています。
三面一体の生活へ (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
ついにおのれの意志に馴致じゅんちし終わる日こそ、人間は水火風三界の主となり、他の生ある万物に対しては、いにしえの神々が昔人間に対して有していたような地位を、獲得するに至るだろう。
この国での紙幣の慣用などには、まだまったく未経験なところへ、新政府の公布も法令一片で、ほかになんらの馴致じゅんちをうけていた民ではないのだ。
今一つは儒学や仏教の教養をうけたものが知らず知らずの間に馴致じゅんちせられた事大思想の現われでもあるので、この点においては、依頼するところは別であるが
如何に彼が大奥の援引えんいんによりてその位を固うしたるにせよ、如何に彼が苟安こうあん偸取とうしゅしたるのそしりは免るべからざるにせよ、如何に因循いんじゅん姑息こそくの風を馴致じゅんちし、また馴致じゅんちせられ
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
そしてその動向は永年にわたる生活と習慣とが馴致じゅんちしたもので、両階級の間には、生活様式の上にも、それからかもされる思想の上にも、容易に融通しがたい懸隔のあることを感じ
片信 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
まるで反対の方へ押しられるような迂曲うきょくの道を辿たどりながら、しかもその間に頼りない細流を引取りはぐくみ、強力な流れはそれを馴致じゅんちし、より強力で偉大な川には潔く没我合鞣ぼつがごうじゅうして
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ただそれが事実であると認めるよりほかに道はない。もちろん進化論者に云わせるとこの願望も長い間に馴致じゅんち発展し来ったのだと幾分かその発展の順序を示す事ができるかも知れない。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かの北狄ほくてき蛮人が鉄剣快馬、ローマ帝国を蹂躙じゅうりんしついに封建割拠の勢いを馴致じゅんちし、君主・臣僕の制度をなして、欧州全土に波及せしめしより以来、第十九世紀の今日に至るまで、おおよそ四
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
どれ程長い時間の間に馴致じゅんちされたことであるか分らない。然しながら人間の生活途上に於て女性は男性の奴隷となった。それは確かに筋肉労働の世界に奴隷が生じた時よりも古いことに相違ない。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)