飯櫃おはち)” の例文
水中の津川五郎子八杯、未醒子七杯、髯将軍と吾輩六杯、その他平均五杯ずつ、合計約五十杯、さしもに大きな飯櫃おはちの底もカタンカタン。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
やっとの事で薄暗いランプの下に、煮豆に、香物こうのものねぎと魚の骨を煮込んだおさいが並べられ、指の跡のついた飯櫃おはちが出る。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
飯櫃おはちを私の手の届かぬ高い処へ載せておいたり、私を蒲団ふとんの中にくるんで押入れの中に投げ込んだり、ある夜などは私を細曳ほそびき手鞠てまりのようにからげて
「それはね、家で売った飯櫃おはちが、廻り廻って、何処どこで売ってるかわからないので、気にしてらっしゃるのですよ。」
食堂といふのも古びた疊の敷いてある八疊二間に食卓が置いてあつて大きな飯櫃おはちがどかんと据ゑてあつてめい/\肩から突込むやうにして御飯をすくうふのである。
俳諧師 (旧字旧仮名) / 高浜虚子(著)
半四郎は飯櫃おはちと重箱とほかに水道の水を大きな牛乳かん二本に入れたのを次ぎ次ぎと運んでくれる。今夕の分と明朝の分と二回だけの兵糧ひょうろうを運んでくれたのである。
水籠 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
赤児の風呂桶大ふろおけほど飯櫃おはちが持て来られる。食事なかばに、七右衛門爺さんが来て切口上で挨拶し、棺をかついで御出の時たすきにでもと云って新しい手拭を四筋置いて往った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「お支度したくが出来ました」と言っては食事の時ごとに部屋のたたきに来る仏蘭西フランス家婢かひのかわりに、ここには御膳おぜん飯櫃おはちを持って母屋の台所の方から通って来る女中がある。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
御常はまた飯櫃おはち御菜おかず這入はいっている戸棚に、いつでも錠をろした。たまに実家の父が訪ねて来ると、きっと蕎麦そばを取り寄せて食わせた。その時は彼女も健三も同じものを食った。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いつもの通り飯櫃おはちと鍋を置いて帰ったので、まアかったと胸なでおろしまして、それから伊之助も戸棚より這出して参り、直ぐに帰ろうというを、お若は丁度あったかい御飯が来たとこだからと
荻野六郎は、それで飯櫃おはちへやったのだなと、フ、とも、ウともつかないフウーというらいをうなった。
愛嬌あいきょう好く笑いながら派出婦はぜんを引いたあと、すぐ飯櫃おはちを取りに来てまた姑く話をして勝手へと立去った。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
飯櫃おはちの蓋を取つて、あつめ飯の臭気にほひいで見ると、丑松は最早もう嘆息して了つて、そこ/\にして膳を押遣おしやつたのである。『懴悔録』をひろげて置いて、先づ残りの巻煙草まきたばこに火を点けた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
飯櫃おはちがあいにくそこにないので、彼女が座を立ちかけると叔母が呼びとめた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
問はれるまゝに、休戰後滿洲から歸つて來るまでの話をしてゐる中、女中が飯櫃おはちを持出す。おかみさんが茶ぶ臺の上に並べるものを見ると、あぢの鹽燒。茗荷に落し玉子の吸物。
羊羹 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
髪の毛が額にぶるさがって、細っこい肩——体なんぞは消てしまって、顔ばかりしかないように見えた。大きな飯櫃おはちふたを幾度も幾度もあけて、山のように飯を盛ると、すぐにまたよそっている。
問われるままに、休戦後満洲から帰って来るまでの話をしている中、女中が飯櫃おはちを持出す。おかみさんが茶ぶ台の上に並べるものを見ると、あじの塩焼。茗荷みょうがに落し玉子の吸物。
羊羹 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
わたくしはお雪さんが飯櫃おはちを抱きかかえるようにして飯をよそい、さらさら音を立てて茶漬ちゃづけ掻込かっこむ姿を、あまり明くない電燈の光と、絶えざる溝蚊どぶかの声の中にじっと眺めやる時
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)