蹴上けあげ)” の例文
岡崎から粟田口あわたぐちへ——そして街道を一すじに登って蹴上けあげの坂にかかるころは、もう、道路のかきも、樹々の間も、人間で埋まっていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
都ホテルの堤には、つぼみを持った躑躅の木が堤いっぱい繁っていた。自動車の運転手が、これが蹴上けあげの躑躅だと教えてくれた。
田舎がえり (新字新仮名) / 林芙美子(著)
かたや胸の歯形をたのしむようなマゾヒズムの傾向けいこうもあった。かべ一重の隣家をはばかって、蹴上けあげの旅館へ寺田を連れて行ったりした。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
がんりきの百は、あんまりばかばかしいから、ドコぞで一杯飲んで行くと言って、米友と立別れ、米友は蹴上けあげ、日岡と来た通りの道を辿たどって山科へ帰りました。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
蹴上けあげから二条を通って鴨川のへりを伝い、伏見へ流れ落ちるのであるが、どこでも一丈ぐらい深さがあり、水が奇麗である。それに両岸に柳が植えられて、夜は蒼いガスの光がけむっている。
身投げ救助業 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
下刻げこく(午前七時)に六波羅を出た二つの囚人輿めしゅうどごしは、まだ晩秋の木々や町屋の屋根の露もぬうち、はや蹴上けあげ近くにさしかかっていた。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひとりおぼろげな足どりをして、しょんぼりと、月夜の下に見えつ隠れつして、ふらふらと辿たどり行くのは、三条から白川橋、東海道の本筋の夜の道、蹴上けあげ、千本松、日岡ひのおか、やがて山科やましな
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「すぐ、蹴上けあげの辺りまで、信長がせて来ましたッ。明智、朝山、島田、中川などの諸隊を先鋒せんぽうとし、死にもの狂いの勢いで」
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、蹴上けあげの辺りに、茫乎ぼうとしてたたずんでいる間に、京の町々の屋根、加茂の水は、霧の底からっすらとけかけて来た。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
急に調ととのえた黒鹿毛くろかげの鞍も古びてわびしげな背にゆられながら、蹴上けあげまでかかると、思い出したように、彼は手綱たづなをとめて
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
奥州商人あきんどの大商隊が、例年のように、三条の空地に集合して、蹴上けあげから大津へかかり、遠い故郷へ帰って行ったのも、その騒ぎのあった頃だった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし彼が軍をとどめて、ここへ立ち寄ったのは、この日さらに、蹴上けあげを進んで、大津にまで出る行軍の途中であった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここはわけて底冷えするという蹴上けあげ盆地ぼんちにある南禅寺の一房を出て、山門から駒に乗ってゆくいと痩せたる若い一処士にも似たる風采ふうさいの人があった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蹴上けあげには、六角時信の兵二、三百がお待ちしていた。しばらくは坂である。ふりかえると洛外洛中の暗々黒々な一地界は、ただ炎、炎、炎……の糜爛びらんだった。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ところが、同勢、蹴上けあげをくだって、粟田口の下まで来ると、そこに待っていた一群の武士がある。——高氏の名代として、弟直義ただよしが六波羅から来ていたのであった。
道も同じ六波羅の大路から粟田口——蹴上けあげ、大津の関へと、華やかな軍馬の列は流れて行った。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そんなことばかり考えながら、蹴上けあげから三条口の目まぐるしい年の瀬の雑鬧ざっとうへ入ってゆくと、ふとそこらに、又八が歩いていそうな気がする。武蔵も歩いていそうな気がする。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三人の従者をつれ、蹴上けあげへさして、駒を早めた。不死人はなお、逢坂口までついて来て
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蹴上けあげを越えた蜿蜒えんえん甲冑かっちゅうは、さらに、矢走やばせで待ちあわせていた一軍を加え、渡頭の軍船は、白波をひいて湖心から東北に舳艫じくろをすすめ、陸上軍は安土その他に三晩の宿営を経て、十日
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
京もはずれの蹴上けあげの下、今熊野いまくまのの裏に、ちょっと得態えたいのしれない都の中の村がある。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
十郎行家は、ふたたびその山伏すがたを、京の蹴上けあげから近江路へ急がせていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
南禅寺の屋根は蹴上けあげからその森を見下ろしただけで、遂に立ち寄らなかった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、手筈をいいつけ、自身は蹴上けあげの下から道を曲って、南禅寺へ立ち寄った。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「加茂の彼方、粟田、蹴上けあげを境に、柵が見える。おそらく六波羅の一陣か」
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蹴上けあげの辺の、とある安旅籠やすはたご軒端のきば
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)