たぶらか)” の例文
なんだ、またこれをつてかへるほどなら、たれいのちがけにつて、這麼こんなものをこしらへやう。……たぶらかしやあがつたな! 山猫やまねこめ、きつねめ、野狸のだぬきめ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
かの女は感覚にたぶらかされていると知りつつも、青年のあとを追いながら明るい淋しい楽しい気持になるのをどうにも仕様がなかった。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
其の様を見るに三尺児といへどなほ弁ずべきを、頑然首を差伸べて来る。古狸たくみに人をたぶらかし、其極終に昼出て児童の獲となること、古今の笑談なり。
どうかして、再び兵馬さんの心を、その女から取り戻さなければならないが、あちらは人をたぶらかすことを商売にしている人。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
神戸氏は鳥渡たぶらかされたような気がした。彼は支倉のしょげ切った姿から眼を離して、庭前をチラリと見やった。夕闇に丁字の花が白く浮んでいた。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
真に我々の魂に迫るものは、かえって抽象論理を以て我々をそそのかすものでなければならない、真理の仮面を以て我々をたぶらかすものでなければならない。
絶対矛盾的自己同一 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
たぶらかされるやうにして誑し、一気に引かけて、又慣らしながら、ためつゆるめつ争ふところに、竿釣りの焦点がある。
夏と魚 (新字旧仮名) / 佐藤惣之助(著)
「わたし、主馬之進しゅめのしんを殺すつもりなのだよ! お父様を殺し、お母様をたぶらかし、荏原屋敷を乗っ取って、わたしたち二人を家出させた、極悪人の主馬之進をねえ」
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
宿屋へ運んだように見せかけたのは警察をたぶらか陥穽わなであった。犯人はたしかにまだあの僧院の中に隠れている。死にそうになっている病人をそんなに運び出せるものではない。
彼が出没して行人をたぶらかしたといふ青山の坂道は、今日でも団九郎坂と呼ばれてゐる。
日本の山と文学 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
お前は実に危険な立場にある。お前は幻にたぶらかされてゐる。事実、お前は死霊しりょうの祟りを
父八雲を語る (新字新仮名) / 稲垣巌(著)
戸台から東駒へ登った際にも、途中で尾根を一つえなければならぬと思っていたのが、尾根を登り詰めるとそこが頂上だったので、嬉しくもありまた狐にでもたぶらかされたような感がないでもなかった。
思い出す儘に (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
「えい 何時までたぶらかされておれるかい」
アンチの闘士 (新字新仮名) / 今村恒夫(著)
この鏡を相手ならこんと鳴真似して女の質の中なる野狐やこの性を出しさえしたらわれとわれをたぶらかすことくらいは、そんなに難しい仕事ではございません。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
老獪ろうかいなA——氏は私達の計画にたぶらかされはしたが、なお幾分の疑を抱いて一方木村探偵に相談すると共に、上下に一枚ずつ真物ほんものの百円紙幣を挟んだ紙束を私に呉れたのだった。
急行十三時間 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
ると、外聞ぐわいぶんなんぞかまつてはられない。つままれたかたぶらかされたか、山路やまみち夢中むちゆう歩行あるいたこと言出いひだすと、みなまではぢはぬうちに……わかをとこ半分はんぶん合点がつてんしたんです。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「残念ながら我々はたぶらかされた。」と警部が呟いた。「あの銃声も火事もみんな我々の警戒を破るためだったのです。我々がその方に気をとられている間に、奴らは仕事をしていったのです。」
不快なことではなかつたが、たぶらかされてゐる思ひがした。