覊絆きはん)” の例文
酒を路傍の村舍に求め、一歩に一飮、一歩に一吟、われは全く人生の覊絆きはんを脱却して、飄々天上の人とならんとするが如くなるを覺えき。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
このせつない覊絆きはんだっして、すこしでもかってなことをやるとなったらば、人間の仲間なかま入りもできない罪悪者ざいあくしゃとならねばならぬ。
(新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
人間の全的の感情を養い套習の覊絆きはんから解放し、自由の何たるかを知らせんとする、真の文学の絶無といってもいゝのをなげかずにいられないのであります。
文化線の低下 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ことにおれはなにか些細な理由で、兵役免除になっていたから、なおさらあらゆる覊絆きはんを脱したわけであった。
道化者 (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
道徳の府なる儒学も、平民の門をたゝくことは稀なりし、高等民種のうちにすら局促たる繩墨じようぼく覊絆きはんを脱するに足るべき活気ある儒学に入ることを許さゞりしなり。
徳川氏時代の平民的理想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
この個人が禍を蒙むると云ふことが直ちに結婚の覊絆きはんをゆるめなければならぬといふ理由にはならない。
恋愛と道徳 (新字旧仮名) / エレン・ケイ(著)
もつとも一切の社会的覊絆きはん蹂躙じうりんして、その女と結婚する事が男らしい如く、自分の恋を打明けずにおくのも男らしいと云ふ信念から、依然として、童貞どうていを守りながら
創作 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
フラマン人は西班牙スペイン政庁の覊絆きはんを脱するや最近十九世紀の文明に乗じて一大飛躍を試みたる国民たり。
浮世絵の鑑賞 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
おのれの魂をピラミッドの覊絆きはんより解放して自然の形に正すこと、それさえも忘れられてくる。
そこで忌まわしい覊絆きはんを、国が奪われ人民が隷属させられることを、甘受しなければならなかった、数時代の人々の苦しみ、それは何物にも消されることができなかった。
またこの不同不二ふどうふじ乾坤けんこん建立こんりゅうし得るの点において、我利私慾がりしよく覊絆きはん掃蕩そうとうするの点において、——千金せんきんの子よりも、万乗ばんじょうの君よりも、あらゆる俗界の寵児ちょうじよりも幸福である。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
参禅の三摩地を味い、諷経念誦ねんじゅ法悦ほうえつを知っていたので、和尚の遷化せんげして後も、団九郎は閑山寺を去らなかった。五蘊ごうん覊絆きはんを厭悪し、すでに一念解脱げだつ発心ほっしんしていたのである。
閑山 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
支配人の内川、職長の小山、大津、守田、会計の岩井、みな、コセ/\した内地に愛想をつかして、覊絆きはんのない奔放な土地にあこがれ、朝鮮、満洲へ足を踏み出した者ばかりだ。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
この常住のもの、時間の覊絆きはんを離れたるものならでは、古今の哲學者は敢て理想と名づけざりき。プラトオとハルトマンとは理想を以て時間を離れたる、意識なき思想なりとす。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
家庭的覊絆きはんをもたず、最小限の生活をささえる以上の肉体労働をしなかったのは、曇りのない眼と清純な感覚とをもって自然と人生の真趣を心ゆくばかり味わわんがためであった。
家庭的覊絆きはんをもたず、最小限の生活をささえる以上の肉体労働をしなかったのは、曇りのない眼と清純な感覚とをもって自然と人生の真趣を心ゆくばかり味わわんがためであった。
昔仏王舎城おうしゃじょうおわせし時、六群比丘、獅虎豹豺あぶらを脚に塗り象馬牛羊驢の厩に至る。皆その脂臭を嗅いで覊絆きはん托拽たくえい驚走す、比丘輩我大威徳神力ある故と法螺ほら吹き諸居士こじこれを罵る。
故に、あらゆる偏見と伝説と習俗の覊絆きはんを切断し、自己心内の新生を創始することが遙かに重要である。人生のあらゆる方面にわたる権利の平等を要求することは正しく公平なことである。
婦人解放の悲劇 (新字旧仮名) / エマ・ゴールドマン(著)
この世の覊絆きはん濁穢じょくえを脱ぎ捨てるという心持ちもいくぶんあるかと思われる。
藤棚の陰から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
あらゆる社会の抑制的覊絆きはんたる人類の萼が破れてしまい、そして一つ一つの花弁はいかに大きくなったにしろ、その若干はいかに強くまたは美しくさえなったにしろ、その全体は現在、弛んだ
……何んてここは幸福なんだろう! ……おお一切の覊絆きはんがない!
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
厚化粧した彼女の覊絆きはんの下で男が云った。
女百貨店 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
猥褻わいせつなことを平気で話している。世の覊絆きはんを忘れて、この一夜を自由に遊ぶという心持ちがあたりにみちわたった。垣の中からは燈光あかりがさして笑い声がした。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
これに反してもっとまじめで真剣なだけにいちばん罪の深い人間的な宣伝の場合と思われるのは、避くべからざる覊絆きはんによって結ばれた集団の内部で、暗黙のうちに行なわれる、朋党ほうとうの争いである。
神田を散歩して (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)