虎斑とらふ)” の例文
そこには、床柱の前にお寺さんに出すやうな厚ぽつたい綸子りんずの座蒲団だの、虎斑とらふの桑材で出来た煙草盆などが用意されてあつた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
宗太に手鋏てばさみでジョキジョキ髪を短くしてもらい、そのあとがすこしぐらい虎斑とらふになっても頓着とんちゃくなしに出かけるという子供だし
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
机の両端には一つ/\硯が出てゐるのであつたが、大抵は虎斑とらふか黒の石なのに、藤野さんだけは、何石なのか紫色であつた。
二筋の血 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
虎斑とらふのシャツを着て、頭にはスッポリと、張りぼてのでっかい虎の首をかぶり、肩には赤地に白く染め抜いた広告旗、手には赤紙のビラの束
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「亘!」深井も思はずさう云つて、息子の身体をひしと引寄せた。涙が縫ぐるみの虎斑とらふを伝うてぼろぼろと落ちた。…………
(新字旧仮名) / 久米正雄(著)
大まかに不ぞろいに刈り散らして虎斑とらふをこしらえる者もあれば、一方から丁寧に秩序正しく、蚕が桑の葉を食って行くように着々進行して行くものもあった。
芝刈り (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
虎斑とらふの猫が一匹積み上げた書物の上に飛び上がって、そこで香箱を作って、腸詰のにおいいでいる。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
滿潮まんてうときは、さつとしてくるなみがしらに、虎斑とらふ海月くらげつて、あしのうへおよいだほどの水場みづばだつたが、三年さんねんあまり一度いちどもよしきりをいたこと……無論むろんこともない。
木菟俗見 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
第一は黒色の勝ったもので、白色がかった綿毛に茶褐色の毛がまじり、その間にやや長目の黒毛が生えて不規則な虎斑とらふになっているもので、私はこれを黒虎毛といっています。
私の飼った犬 (新字新仮名) / 斉藤弘吉(著)
その周囲で宮の婦女たちは、赤と虎斑とらふに染った衣を巻いて、若い男に囲まれながら踊っていた。踊り疲れた若者たちは、なおも歌いながら草叢くさむらの中に並んだ酒甕みわの傍へ集って来た。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
車が進むに従って、ユラユラ揺れて陽を反射し、宙に浮かんだ王冠である、明るい林、虎斑とらふを置くは、葉漏れ木漏れの朝陽である。そこを縦横に飛ぶ小鳥! おさ飛白かすりを織るようだ。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
この‘Slip ware’の一種に‘Comb ware’と呼ばれるものがあって、線を引いた後、横に櫛目くしめへらでつけるため、虎斑とらふのような模様を呈する。釉薬はいずれも鉛である。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
戸部は頭を虎斑とらふに刈りこまれてひげをそり落とされている。
ドモ又の死 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
やゝ急な西向の傾斜、幾年の落葉の朽ちた土に下駄が沈んで、緑の屋根を洩れる夏の日が、處々、虎斑とらふの樣に影を落して、そこはかとなく搖めいた。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
彼らは人間の白毛染め薬を用いて、豹の斑紋はんもんを巧みに染めつなぎ、動物のからだ一面に虎斑とらふを描き上げたのだ。人々は豹を探している。虎を探しているのではない。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
たま」は黄色に褐色かっしょく虎斑とらふをもった雄猫であった。粗野にして滑稽こっけいなる相貌そうぼうをもち、遅鈍にして大食であり、あらゆるデリカシーというものを完全に欠如した性格であった。
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ちょうど砂金でも振り蒔いたような夕陽の光が木々の隙からななめに林へ射し込んでいたが、歩いて行く二人の肩や背へ虎斑とらふのような影を付けた。頭の上の木の枝では栗鼠りすが啼きながら遊んでいる。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
客のマッサージをすませたお柳の身体から、石鹸の泡が滴ると、虎斑とらふに染った蜘蛛くも刺青いれずみが、じくじく色を淡赤く変えつつ浮き出て来た。甲谷は片手で蜘蛛の足に磨きを入れながら彼女にいった。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
やや急な西向の傾斜、幾年いくとせの落葉の朽ちた土に心地よく下駄が沈んで、緑の屋根を洩れる夏の日が、処々、虎斑とらふの様に影を落して、そこはかとなく揺めいた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)