藍鼠あいねずみ)” の例文
私は今日初めて明るい紫紺しこん金釦きんぼたん上衣うわぎを引っかけて見た。藍鼠あいねずみの大柄のズボンの、このゴルフの服はいささかはで過ぎて市中しちゅうは歩かれなかった。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
何と、足許あしもとの草へ鎌首が出たように、立すくみになったのは、薩摩絣さつまがすり単衣ひとえ藍鼠あいねずみ無地のの羽織で、身軽に出立いでたった、都会かららしい、旅の客。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二十はたちを越すや越さずに見える、目の大きな、沈んだ表情の彼女の襟の藍鼠あいねずみは、なんとなく見る人の心を痛くさせた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
れぼったい顔をして、フランネルの寝間着の上に藍鼠あいねずみの絹のナイトガウンを着てすわっていた奥畑が、狼狽ろうばいの色を包みきれない様子でそう云いながら
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そのなかで半七の眼についたのは三十二三の中年増ちゅうどしまで、藍鼠あいねずみ頭巾ずきんに顔をつつんでいるが、浅黒い顔に薄化粧をして、ひと口にいえば婀娜あだっぽい女であった。
半七捕物帳:51 大森の鶏 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いつもよく例の小豆あずき色の矢絣やがすりのお召の着物に、濃い藍鼠あいねずみに薄く茶のしっぽうつなぎを織り出したお召の羽織を着てやって来たのだが、今日は藍色の地に細く白い雨絣の銘仙の羽織に
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
土地の名物白絣しろがすりの上布に、お母さんのお古だという藍鼠あいねずみ緞子どんすの帯は大へん似合っていた。西日をよけた番神堂の裏に丁度腰掛茶屋に外の人も居ず、三人はゆっくり腰を掛けて海を眺めた。
浜菊 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
それは二時ごろで、ひる近くから嫩葉曇わかばぐもりに曇っている空を背景にして、大井から大森の人家のひさし藍鼠あいねずみの海に溶けこもうとしていた。眼を落すと嫩葉をつけた梅の幹がいちめんに古怪こかいな姿を見せていた。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
なすった、めしものの藍鼠あいねずみがお顔の影に藤色ふじいろになって見えますまで、お色の白さったらありません、姿見の前で……
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
藍鼠あいねずみ燻銀いぶしぎんとの曇天、丘と桑畑、台が高いので、川の所在は右手にそれぞと思うばかりで、対岸の峰々や、北国風ほっこくふうの人家を透かし透かし、どこまでもと自動車は躍ってゆく。土のがする。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
それから、同一おなじく、それもやはり、とって置いたものらしい。藍鼠あいねずみの派手な縮緬ちりめん頭巾ずきんを取って、かぶらないで、襟へ巻くと、すっと車へ乗る。庭に居たものは皆一斉いっときにそっちの方。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……湯気に山茶花さざんかしおれたかと思う、れたように、しっとりと身についた藍鼠あいねずみ縞小紋しまこもんに、朱鷺色ときいろと白のいち松のくっきりした伊達巻だてまきで乳の下のくびれるばかり、消えそうな弱腰に
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
髪のつやも、色の白さも、そのために一際目立つ、——糸織か、一楽いちらくらしいくすんだ中に、晃々きらきらえがある、きっぱりした地の藍鼠あいねずみに、小豆色あずきいろと茶と紺と、すらすらと色の通ったしま乱立らんたつ
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
翼に藍鼠あいねずみしまがある。大柄なこの怪しい鳥は、円髷まるまげが黒かった。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)