おぎ)” の例文
空蝉うつせみが何かのおりおりに思い出されて敬服するに似た気持ちもおこるのであった。軒端のきばおぎへは今も時々手紙が送られることと思われる。
源氏物語:06 末摘花 (新字新仮名) / 紫式部(著)
板敷の床のくずれ落ちた間から、おぎやすすきが高々と生え出ていて、その朝露がこぼれるのに、袖が濡れてしぼるほどであった。
砂路の右側には藁葺わらぶきの小さな漁師の家が並び、左側にはおぎや雑木のやぶが続いていた。漁師のうちにはもう起きて火を焚いている処があった。
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
おぎの上を渡る風、かすかに聞える虫の声、ざわざわと稲の穂がゆれて、秋は日ましにその色を深めていくのである。
座敷の仕切は、夏のことで、ふすまの代りにおぎの簾戸が入れてあり、客のいるときは、白麻を垂れた帳をまわすが、今は二た座敷向うまで、涼しげに透けて見えた。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
晋の大興二年呉人華降猟を好み、一快犬をうて的尾と号し常に自ら随う。隆、のち江辺に至りおぎを伐る。犬暫く渚に出次す、隆大蛇に身を巻かる、犬還って蛇を咋い殺す。
日光おろしが江の水にさえ、波濤をあげている。二月半ばの、蕭殺たるあしおぎは、笛のような悲調を野面に翔けさせ、雲は低く、迅く、太陽の面を、のべつ、明滅させていた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうなると、あますところは僅かに百銭に過ぎないので、劉はその村でおぎ十余束を買い込み、あしたの朝になったらば船に積むつもりで、その晩は岸のほとりに横たえて置いた。
おぎの波はいと静かなり。あらしの誘う木葉舟の、島隠れ行く影もほの見ゆ。折しも松の風を払って、たえなる琴の音は二階の一間に起りぬ。新たに来たる離座敷はなれの客は耳をかたぶけつ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
舟はおぎあしのしげる岸近くすれすれに行き、生絹は白い手を蘆のひともとにふれて例の低い声で右馬の頭さま、ではおわかれ申しますと胸の中で悲しげに繰り返してささやいて行った。
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
たそがれにもの思ひをればわが宿のおぎの葉そよぎ秋風ぞふく
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
吹風のたよりはきかじおぎの葉の
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
おぎ丈左衛門じょうざえもん
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その派手はでな姿に白くほおけたおぎの穂をしてほんの舞の一節ひとふしだけを見せてはいったのがきわめておもしろかった。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
野茨のいばらやぶがあったり、人の背丈よりも高いおぎの生えたところがあったりしました。荻の大きな葉は人の来るように、ざらざらと鳴りました。そのたびに壮い男は心をふるわせました。
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
おぎすすきが人の背丈せたけよりも高く生い茂り、草木におく露はまるでしぐれのようにはらはらと降りこぼれているうえに、寺内の草生いたこみちさえどこがどこやらはっきりわからず、その中に
おぎの葉をそよがせて吹く夕べの風に、ひとり旅寝の床もわびしく、片敷く袖もぬれがちである。いずこも同じとはいうが、流浪するにも似た旅の空の淋しさは、誰の胸にもひしひしと迫った。
おぎの上風、きりは枝ばかりになりぬ。明日はが身の。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
そよとも前のおぎぞこたふる
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
五、六日ごろの夕月は早く落ちてしまって、涼しい色の曇った空のもとではおぎの葉が哀れに鳴っていた。琴をまくらにして源氏と玉鬘とは並んで仮寝かりねをしていた。
源氏物語:27 篝火 (新字新仮名) / 紫式部(著)
その手紙を枝の長いおぎにつけて、そっと見せるようにとは言ったが、源氏の内心では粗相そそうして少将に見つかった時、妻の以前の情人の自分であることを知ったら
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
きさきの宮、両大臣家の大饗宴きょうえんなども済んで、ほかの催し事が続いて仕度したくされねばならぬということもなくて、世間の静かなころ、秋の通り雨が過ぎて、おぎの上風も寂しい日の夕方に
源氏物語:21 乙女 (新字新仮名) / 紫式部(著)
おぎの葉に通う秋風ほどもたびたび中将から手紙の送られるのは困ったことである。
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)