苧殻おがら)” の例文
かろやかに肩に懸け、「ほい、水気がえから素敵に軽い。」「まるで苧殻おがらだ、」「お精霊様の、おむかえおむかえ。」とつッぱしる。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
傘は苧殻おがらのように背後へ飛んだ。あとから勘次が来ると閃くように気がついた藤吉、足踏み締めて振り返りざま精一杯に喚いた。
やがて盂蘭盆うらぼんがきた。町の大通りには草市くさいちが立って、苧殻おがら藺蓆いむしろやみそ萩や草花が並べられて、在郷から出て来た百姓の娘たちがぞろぞろ通った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
それを防ぐには、伐り倒すばかりであります、と言って、それほどの大木を苧殻おがらを切るようなわけにはゆきません。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いかなる茸にても水桶みずおけの中に入れて苧殻おがらをもってよくかきまわしてのち食えば決してあたることなしとて、一同この言に従い家内ことごとくこれを食いたり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
家へもどって夕闇の門口でしょんぼりと苧殻おがらを焚いていると、ついその前を町駕籠がとおったが通りすがりになにかチリンと落して行ったような音がした。
顎十郎捕物帳:20 金鳳釵 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
今年の秋は久し振で、亡き母の精霊しょうりょうを、東京の苧殻おがらで迎える事と、長袖の右左に開くなかから、白い手を尋常に重ねている。物の憐れは小さき人の肩にあつまる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ガラッ八の心臓を射貫いぬいたでしょうが、飛んで来たのは、白くて太いが、実は三尺ばかりの苧殻おがら、ガラッ八をうんと脅かして、敷居の上へ、ポトリと落ちたのです。
竹籬たけがきのあいだや軒下に寂しい火の光りがちらちらひらめいて、黒い人影や白い浴衣が薄暗いなかに動いていた。お時も焙烙ほうろく苧殻おがらを入れて庭の入り口に持ち出した。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
女は苧殻おがらのように軽かった。私はその女を墓地の垣根の下へ伴れて往って、煉瓦に腰をかけさせた。
変災序記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
田園の風致いよいよこまやかな頃、今戸焼の土鉢に蒔きつけた殻の青々と芽生えて、さながら早苗などの延びたらんようなるに、苧殻おがらでこしらえた橋、案山子人形、魚釣りなんどを按排し
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
彼からみるとその程度の幸福を望んでいる雲水たちは苧殻おがらの屑のように思えた。人間ではなかった。それに引較べて自分の中にこもっている慾望は烈々として火の玉のように燃えていた。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
戦国時代の文献を読むと、攻城野戦英雄雲のごとく、十八貫の鉄の棒を苧殻おがらのごとく振り回す勇士や、敵将の首を引き抜く豪傑はたくさんいるが、人間らしい人間を常に miss していた。
三浦右衛門の最後 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
苧殻おがらのかわりに麦からで手軽に迎火むかえびいて、それでも盆だけに墓地も家内やうちも可なり賑合にぎわい、緋の袈裟けさをかけた坊さんや、仕着せの浴衣単衣で藪入やぶいりに行く奉公男女の影や、断続だんぞくして来る物貰いや
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
馬も牛も実際の動物でなく、生霊棚しょうりょうだなに供えられた瓜の馬、茄子なすの牛であることは、註するに及ばぬであろう。苧殻おがらの足で突立ったその馬も牛も、いささかしなびて見える。盂蘭盆うらぼんはもう済んだのである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
旧の盆過ぎで、苧殻おがらがまだ沢山あるのを、へし折って、まあ、戸を開放しのまま、敷居際、燃しつけて焼くんだもの、呆れました。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今まではいずこのはてで、どんな職業をしようとも、おのれさえ真直であれば曲がったものは苧殻おがらのように向うで折れべきものと心得ていた。盛名はわが望むところではない。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
苧殻おがらの箸じゃあねえ。その積りでしっかり持て。
勘平の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
苧殻おがらもえさし、藁の人形を揃えて、くべて、逆縁ながらと、土瓶をしたんで、ざあ、ちゅうと皆消えると、夜あらしが、さっと吹いて、月が真暗まっくらになって、しんとする。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
苧殻おがらか、青竹のつえでもつくか、と聞くと、それは、ついてもつかいでも、のう、もう一度、明神様の森へ走って、旦那がそばに居ようと、居まいと、その若い婦女おんな死骸しがいを、蓑の下へ
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)