腑抜ふぬ)” の例文
兄のまじめな話が一くさり済むと、満蔵が腑抜ふぬけな話をして一笑い笑わせる。話はまたおとよさんの事になる。政さんは真顔になって
隣の嫁 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「よく私は吾家うちのおとっさんにそう言われますよ——愛宕下へ行って帰って来ると、まるで一日二日は腑抜ふぬけのように成ってしまうなんて」
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
家祖、忠教ただのり、忠政様このかた、まだかつて、おのれのような無恥、腑抜ふぬけ、不所存者は、ひとりも出したことのない家だ。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
男を迷はさず男の魂を飛さずにれられる女は一人も無かつた。惚れればきつと男の性根を抜き、男を腑抜ふぬけにして木偶でく人形のやうに扱はうとする。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
事実、それからは腑抜ふぬけにでもなったようで、親の云うままにその男と夫婦になり、本所のほうで世帯をもった。
昨日みのこした工芸品の蒐集しゅうしゅうを、何か腑抜ふぬけたやうな気持で眺めてまはつた。まあ雍正ようせいだの李朝りちょうだの青花せいかだのといふたぐひだつたが、なかに不思議なものがあつた。
夜の鳥 (新字旧仮名) / 神西清(著)
雨蛙は両手で腹を抱えたまま、ずぶ濡れになって腑抜ふぬけがしたようにぼんやりとそこに立っていました。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
ヤチモロの四郎さんは、ウツツを抜かしたガセビリに逃げられて腑抜ふぬけと化していたのか。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
「どうしてがあるか。おれは赤の他人におれの女を養わすほど腑抜ふぬけではないんだ」
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
おれみたよな、腑抜ふぬけの呆作ほうさくは、人のためになったことなんて、一回もありゃせん。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
自分が馬鹿なら、赤シャツは馬鹿じゃない。自分は赤シャツの同類じゃないと主張した。それじゃ赤シャツは腑抜ふぬけの呆助ほうすけだと云ったら、そうかもしれないと山嵐は大いに賛成した。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
急にはつといやな予感がした。暗がりの中で腑抜ふぬけたやうになつてぼんやり坐つてゐると、それからどのくらゐ時がつたらうか、母子四人が乞食のやうな恰好かつこうでしよんぼり帰つて来た。
聴雨 (新字旧仮名) / 織田作之助(著)
私はこの雑誌「新潮」に、明後日までに二十枚の短篇を送らなければならぬので、今夜これから仕事にとりかかろうと思っていたのだが、私は、いまは、まるで腑抜ふぬけになってしまっている。
俗天使 (新字新仮名) / 太宰治(著)
さもなくとも色事にだけは日本一おしの強い腰抜け侍に腑抜ふぬけ町人。春の日永ひながの淀川づたいを十何里が間。右に左にノラリクラリと、どんな文句を唄うて、どんな三味線をあしろうて行ったやら。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ゼーロンは飽くまでも腑抜ふぬけたように白々しく埒もない有様であった。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
今朝は、彼が鐘楼役なのに、そこへのぼったまま、腑抜ふぬけのように腕ぐみをしているので、見にきた彼の友は
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「待たねえ、こんな腑抜ふぬけとは知らず、今日まで待っていたのはこっちが白痴こけだ、親分の恨みはこの丹三一人で立派にお晴らし申してみらあな、この人でなしめ」
無頼は討たず (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
周囲の人が腑抜ふぬけな木偶でくのように甲斐かいなく思われたり、静かに空を渡って行く雲のあし瞑眩めまいがするほどめまぐるしく見えたりして、我慢にもじっとしていられない事は絶えずあったけれども
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
父が死んだ事を知ってから、自分はいよいよ腑抜ふぬけたようになりました。
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
こうは、ただ、唖々ああ唖々ああと、腑抜ふぬけみたいに、手を振って、よろめき歩いた。一山の騒動はいうまでもない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「石秀! ……。すまなかった。君の忠告をアダにしたこの腑抜ふぬけ者。わらってくれ、ゆるしてくれ給え」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「吟味にかかると、まるで腑抜ふぬけのように、目鼻もうごかさんくせに、そんな振舞をいたすのか」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「なに? ありがとうだッて。べら棒め、誰に礼なぞいってるんだ。まるでおめえの声は、幽霊の声だ、腑抜ふぬけのつらだ。おい市十郎。久しぶりだと、笑い顔ぐらいして見せねえか」
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「これが、坐視していられるか。いたずらに騒ぐのではない。腑抜ふぬけな、ただ計数的な、腰のよわい老臣衆へ、勇気と猛省を与えにゆくのだ。決断をうながしに行くのだ。なぜ、それが無用か」
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
世間の役に立たない腑抜ふぬけと、ふだんは、路地の日陰を自分のゆるされた棲家すみかとして、耳にふたをしている露八だったが、こうなると、社会のうごきにも、関心を持たずにいられなかった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なさけないやつ、意気地いくじのないやつ、なまけもの、こしぬけ腑抜ふぬけ、お天気な少年!
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、開けてみると、七名とも、腑抜ふぬけのように、ぺたんと坐っていた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いったい、朝廷の臣ばかりでなく、孔明なども実に腑抜ふぬけの旗頭はたがしらだ。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大勢の顔は、一瞬、きもを奪われて、蒼白い腑抜ふぬけになっていた。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)