胚子たね)” の例文
しかも、その武田の血をうけたものは、世の中にこの伊那丸いなまるひとりきりとなったのだ。焦土のあとに、たった一粒ひとつぶのこった胚子たねである。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、牛若という一粒の胚子たねつちかい合って、その伸びるのを見ているのが、一同のたのしみでもあり、盟約の中心にもなっていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
花はまたおのずからな花粉を風にき、自然のめいによって自然に行為する昆虫がまたをみのらせ胚子たねを落とし花のかずを地に満たした。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
尊氏はまだ六波羅のころから、筑紫の少弐しょうにや大友の族党へはいちばい恩義をかけていた。そのほか、いておいた胚子たねも多い。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これあ道理じゃと思って、菊ばかりじゃない、胚子たねろすもの刈るもの、すっかり落葉もいて置こうと思いますのじゃ
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こう思ったので、平賀源内、さわらぬ神にたたりなしというふうに、胚子たねの袋をそこにおいて、こっそり部屋へ戻ってきた。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
長崎で手に入れてきた蛮種ばんしゅの薬草の胚子たねいて、一つまた暢気のんきな漢方医者どもを、あっといわせよう下心したごころとみえる。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「一人に菩提ぼだい胚子たねをおろせば、百人の衆を化し、百人に菩提の苗を生ずれば、千万人を化すともいう。わしの悲願は、そんな小さいものじゃない」
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と同時に、この回からも、読者は読まれることと思いますが、もう次々代の源氏の胚子たねがこぼれ始めていたのです。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……たとえばあぶや蝶が、シベとシベのあいだの風にのって、花粉を運んだとしましても、胚子たねを結ぶときもあり結ばずに終ることもありますからな
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「だが、安楽房、あんな物は焼けても、また、焼け土の下から若い草はえるよ、見ろ、念仏門の胚子たねが、あんなに火になって、空へ舞うじゃないか」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
下野国しもつけのくに芳賀郡はがごおりの大内のしょうとよぶ土地だった、そこの柳島に、一粒の念仏の胚子たねがこぼれたのは、二、三年前だった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
丑之助はその途端に、伊織を麻の胚子たねと思って跳び上がった。そして足は、伊織の顔を、宙で蹴とばしていた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼が、そうして、三公九卿さんこうきゅうけいの門に、ひそかに往来している間に、何らか、後日の政治的な基礎が、一つぶの胚子たねほどでも、かれていたことは間違いなかろう。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
国産茶だけでなく、四川茶しせんちゃや杭州茶などの舶載物もあったのである。また中には数壺すうこの茶の胚子たねもあった。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「毛野川の河原畑は、去年の暮、叔父御の召使が、胚子たね付けしたのですから——もともとそれを刈入れるのは、こっちが、悪いのです。兄上は、御存知ないから」
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その胚子たねは、すでにこの地で亡んでしまっているさきの九州探題北条英時ひでときいておいた徳望だった。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひとの数奇さっきのおもしろさよ、武門正成のうちからも、ひと粒の胚子たねが、あらぬ野の土にこぼれて、行くすえ、どんな花を世に咲かすことであろうか……などとも思われて
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
厨房くりやの珠すだれを掻きわけて、良人おっとの前に、あきれ顔を見せた細腰さいようの美人がある。三日月の眉、星のひとみ、婉然えんぜんと笑みをふくんだ糸切り歯が柘榴ざくろ胚子たねみたいに美しい。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
黒革胴くろかわどうのような肋骨あばらが大きな波を打つ。はかまはやぶれ、膝の関節を一太刀斬られていた。その傷口から柘榴ざくろ胚子たねみたいな白いものが見えている。破れた肉の下から骨が出ているのである。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
西瓜の胚子たねを踏んづけて、一人がころぶと、三、四人、一緒になってよろめいた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
手洗鉢ちょうずばちの水を、南天の葉へチョッチョッとかけて、手拭てぬぐい掛けに手を伸ばしながら、さて、おもむろに庭の秋色を眺め廻した後、机の抽斗ひきだしから薬草の胚子たねらしいものを取り出して庭へ下りた。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
前々代五代将軍の綱吉の治下ちかに起っており、人間を畜生以下のものに規定した稀代きたいな悪政治のもとに、お袖という悲命な運命児も生れ、お燕という陽なたを知らない宿命の花の胚子たねもこぼされ
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「麻の実さ。あの鳥の餌にもやるだろ。あの麻の胚子たねさ」
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
柘榴ざくろ胚子たねのように白い骨が見えるほど深さもふかい。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ふウむ? ……麻の胚子たねでか」
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)