縁喜えんぎ)” の例文
その内容をお聴きになってはなお儲かりません。けれども別に損をするというほどの縁喜えんぎの悪い題でもなかろうと思うのです。
文芸と道徳 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「どうだい、縁喜えんぎ直しに一杯飲もうじゃねえか。火消し屋敷で一度や二度は逢ったこともある。まんざら知らねえ顔でもねえ」
半七捕物帳:11 朝顔屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そんなことは、たとえば小倉や三浦のいうような、そんな惨めな、縁喜えんぎでもないことは毛ほども西巻にはおもいつけなかった。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
けれども、与八がこしらえたということが、人の心を縁喜えんぎにすると見えて、出来の如何いかんは問わないで、みな喜んで頂礼ちょうらいして捧げて持ち帰る。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
殊に軽焼という名が病を軽く済ますという縁喜えんぎから喜ばれて、何時いつからとなく疱瘡痲疹の病人の間食や見舞物は軽焼に限られるようになった。
御新造に手拭ひかぶらせて縁喜えんぎの宜いのをと呼ばせる趣向、はじめは恥かしき事に思ひけれど、軒ならび素人の手業にて莫大の儲けと聞くに
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
一つ気になる事は結ばれたるかたかたの紐はよけれど、それがために他のかたかたの紐の解かれたるは縁喜えんぎ悪きにあらずや。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
縁喜えんぎ物を裏返しに掛けるあわて者が何處の世界にあるものか——空樽を踏臺にして、やつと手の屆くところだから、子供のしたことぢやねえ」
「成駒屋はんは口上が上手やし、それに縁喜えんぎがよろしおまんがな、延若さんのも雀右衛門さんのも大入続きだしたよつてな。それではさう決めときまへうかいな。」
思もかけない事でしたが、縁喜えんぎいので、一つは「永久に若い」意味をこめて、台湾ならぬ粕谷の私共の住居を恒春園と名づけたのであります。恒春園は荒れました。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
『とんでも無い事だ。しかし僕には珍らしい縁喜えんぎい噂だ。う云ふ身分に成れば結構だが。』
執達吏 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
この鍋鶴は、縁喜えんぎがようない。支那では、不吉な鳥というそうだが、ほんとに不吉だぞよ。どこの大名か、この厄介者を音物いんもつかつぎこんで来たのが、今年の正月の十四日じゃった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうして、金箔がぴかぴかして、帳面には大福帳とか大宝恵帳だいほうえちょうなぞと縁喜えんぎよい字で胡粉ごふんの白い所へ、筆太ふでぶとに出し、千両函は杢目もくめや金物は彩色をし、墨汁で威勢よく金千両と書くのです。
と云うのはその法衣の男は、私たちが現われた時ちょうど、祈祷書をポケットに入れて、その縁喜えんぎでもない花婿の背中を、お芽出度めでとうとでも云ったように、ぽんとたたいたところであった。
お雪伯母は自分にはかゝはらずに始めようと伯父に勧めたが、伯父は縁喜えんぎをかついでかなかつた。どうせ時期を失したのだから、いつそのこと、年末の景気立つた頃の方がよからうと言つて居た。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
縁喜えんぎでもないことを云ふの、ね。」
泡鳴五部作:04 断橋 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
おれが死んだら、おれが死んだらって、まあ何遍なんべんおっしゃるの。後生ごしょうだからもうい加減にして、おれが死んだらはして頂戴ちょうだい縁喜えんぎでもない。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「どうぞお買いください。これをかぶっていた為にあぶなく真っ二つにされるところでした。こんな縁喜えんぎの悪いものは早く手放してしまいとうございます。」
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
お粗末にしてはならないという恐懼きょうくの心と、それから、水商売の者は神様をうやまって、縁喜えんぎを祝わねばならぬということが、因襲的な信仰になっているらしい。
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
画家寺崎広業氏のもとへは、色々の人がを頼みに来るが、そのなかには氏の画風が好きなからといふよりも、広業といふ雅号が縁喜えんぎがよいからといつて出て来る人も少くない。
縁喜えんぎでもねえ」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三沢は冗談じょうだんとも本気ともつかない調子でこんな事を云って、女から縁喜えんぎでもないようにまゆを寄せられた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
權三 えゝ、縁喜えんぎでもねえ、泣くな、泣くな。すぐに歸つて來るよ。
権三と助十 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
縁喜えんぎでもない、いやに人を驚かせるぜ。ワハハハハハ」と無理に大きな声で笑って見せたが、の抜けた勢のない声が無意味に響くので、我ながら気がついて中途でぴたりとやめた。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかしこう時間がせまっているのに、初手しょてから出直しては、とても間に合うはずがない、すでにここまで来られたという一部分の成功を縁喜えんぎにして、是非先へ突き抜ける方が順当だとも考えた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
井深は細君のすすめまかせてこの縁喜えんぎの悪い画を、五銭で屑屋くずやに売り払った。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
東京を立つ時、先生が奥さんに向かって何遍なんべんもそれを繰り返したのは、私が卒業した日の晩の事であった。私はわらいを帯びた先生の顔と、縁喜えんぎでもないと耳をふさいだ奥さんの様子とをおもい出した。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「馬鹿をおっしゃい。縁喜えんぎでもない」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)