綽々しゃくしゃく)” の例文
進むべくして進み、辞すべくして辞する、その事に処するに、綽々しゃくしゃくとして余裕があった。抽斎のかん九四きゅうしを説いたのは虚言ではない。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「オイ、候補生。来襲した敵機というのはどこの飛行機だか、わかるかネ」K隊長は、綽々しゃくしゃくたる余裕を示して候補生をからかった。
空襲下の日本 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかもイエスの知恵と勇気とは、すべての敵の悪意に満ちた論難を破ってなお余裕綽々しゃくしゃくたるものであった。イエス様の大勝利です。
食物に対した時は外の事を考えないで食物の味を賞翫しょうがんする事の出来る人がその心に綽々しゃくしゃくたる余裕もあるので真の英雄豪傑と言うべきだ。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
と独語したという言葉の意味の中には、彼がそのときすでに、全戦局に対して綽々しゃくしゃくたる余裕を持ち得たことを示したものといっていい。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
余裕よゆう綽々しゃくしゃくとした寺田の買い方にふと小憎こにくらしくなった顔を見上げるのだったが、そんな時寺田の眼は苛々いらいらと燃えて急にいどかかるようだった。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
八月十六日以来、謙信は只々山上を逍遙しょうようして古詩を咏じ琵琶を弾じ自ら小鼓をうって近習に謡わせるなど余裕綽々しゃくしゃくであった。
川中島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
言わば余裕すこぶ綽々しゃくしゃくとしたそういう幸福な遭難者には、浅草で死んだ人たちの最期さいごは話して聞かされても、はっきり会得えとくすることができない位である。
草紅葉 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
第一義はまさに、それ自体としては無価値ながら、それを組み合わせて、美的形象が余裕綽々しゃくしゃくたる優越をもって作り出される素材にあるはずですからね。
疲労の色も見せずに、綽々しゃくしゃくとして京弥が五人目を促そうとしたとき、にたりと残忍そうに嘲笑って、矢庭にすっくと立ち現れたのは二の弟子の吉田兵助です。
少年天才メニューインも老巧メルケルも悪くないが、この曲を征服し切った、フーベルマンの綽々しゃくしゃくたる態度には、なんとなく余人に見られぬ安らかさがある。
しかし悠々綽々しゃくしゃくとして、一向にムクレた様子がないのは、そこが凡人と偉人の差かも知れない。あんまり見上げた差ではない。要するに、海舟先生、苦吟の巻であった。
いまイギリス人は、わずかを働いて多くをとっている——その、余裕綽々しゃくしゃくぶりはなにに由来する⁈ インド、濠州オーストラリア、南アフリカ、カナダ——みな一、二世紀まえの探検の成果だ。
人外魔境:10 地軸二万哩 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そしてまたこのの主人に対して先輩せんぱいたる情愛と貫禄かんろくとをもって臨んでいる綽々しゃくしゃくとして余裕よゆうある態度は、いかにもここの細君をしてその来訪をもとめさせただけのことは有る。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼らはいやに余裕綽々しゃくしゃくとしている。そしてすべてを見抜いているらしい。信徒の集会所は茂木であると彼らはいっているが果たしてほんとうにそう思っているのであろうか。
そこにすでに男の虚勢を見透し、見透すがゆえに、余裕綽々しゃくしゃくとした自分であることを男に示したかった。その余裕から一層男をらせて、牽付け度い女の持前の罪な罠もあろう。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
どんな難事件に出会っても、どんな強敵を相手にしても、綽々しゃくしゃくとして余裕を保っていた私の精神は……身体からだはギリギリと引き締まって、ちょっとさわっても跳ね上る位になっていた。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
鼠のずぼんのすそが見え、樺色かばいろの靴を穿き、同一おなじ色の皮手袋、洋杖ステッキを軽くつき、両個ふたつの狼を前にしつつ、自若たるその風采ふうさい、あたかも曲馬師の猛獣に対するごとく綽々しゃくしゃくとして余裕あり。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
学校の記録を破るスピィディな余裕綽々しゃくしゃくの走り方で先頭に立ち、帰ってきた。
さようなら (新字新仮名) / 田中英光(著)
満蔵はもうひとりで唄を歌ってる。おとよさんは百姓の仕事は何でも上手で強い。にこにこしながら手も汚さず汗も出さず、綽々しゃくしゃくとして刈ってるが、四と五把との割合をもってより多く刈る。
隣の嫁 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
身だしなみが、チャンとできていると、何時来客があっても、お客を待たせておいて、急いで衣物きものを着かえたり、髪や顔の手入れをなさらずとも、余裕綽々しゃくしゃくとして、応接することができるのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
まだ余裕綽々しゃくしゃくたる深さだということになるのであります。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
と夫人は綽々しゃくしゃくたる余裕を示して
或良人の惨敗 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
綽々しゃくしゃくと余裕のあるじぶんの立場を道誉は言外にほのめかしたことらしい。高氏は彼の笑っている黒子ほくろに気づいた。見くだしているのである。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
余裕綽々しゃくしゃくと、ある完全なものに鍛え上げられはしなかった。彼の心は生きている……
なかでも忍剣にんけんは、疲れたさまもなく、なお、綽々しゃくしゃくたる余裕よゆう禅杖ぜんじょうに見せながら
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それのみならず、余裕綽々しゃくしゃくな八荒坊は、息のあいに、こうもいった。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「まず、ごゆるり……」と、余裕の綽々しゃくしゃくさをみせたものである。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
激越に突っかかって来るのを、又八は、綽々しゃくしゃくとして
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)