疎髯そぜん)” の例文
肉の少ない細面ほそおもてあごの下に、売卜者うらないしゃ見たような疎髯そぜんを垂らしたその姿と、叔父のこの言葉とは、彼にとってほとんど同じものを意味していた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
平たきおもてに半白の疎髯そぜんヒネリつゝ傲然がうぜんとして乗り入るうしろより、だ十七八の盛装せる島田髷しまだまげの少女、肥満ふとつちようなる体をゆすぶりつゝゑみかたむけて従へり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
と、その辺りから声がするのでよく見ると、まぎれもない司馬懿仲達が、やぐら高欄こうらんに倚って、疎髯そぜんを風になぶらせながら、呵々かかと大笑しているではないか。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二階桟敷には僕等よりも先に、疎髯そぜんを蓄え、詰め襟の洋服を着たる辻聴花先生あり。先生が劇通中の劇通たるは支那の役者にも先生を拝して父とすもの多きを見て知るべし。
北京日記抄 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
鼠の眼の様に小さな可愛い眼をして、十四五の少年の様に紅味ばしった顔をして居る。長い灰色の髪を後に撫でつけ、あごちと疎髯そぜんをヒラ/\させ、木綿ずくめの着物に、足駄ばき。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
場所はまだ下町の中央に未練があって、毎日、その方面へ探しに行くらしかった。帰って来たときの疎髯そぜんを貯えた父の立派な顔が都会の紅塵こうじん摩擦まさつされた興奮と、つかれとで、異様にゆがんで見えた。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
翁はニコニコと笑って疎髯そぜんを撫でた。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
暗い土間を通り越して、奥をのぞいて見たら、窓のそばはたえて、白い疎髯そぜんを生やしたじいさんが、せっせと梭をげていた。織っていたものはあら白布しろぬのである。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その間、国香も、むずかしい顔して、疎髯そぜんを指でまさぐりながら、チロ、チロと兄弟たちの顔を見たり、良正の煽動的な語気へ、大きく頷いてみせたりしていた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
日ごとにあごの下に白くなる疎髯そぜんを握ってはむかしを思い出そうとする。昔しは二十年の奥に引きこもって容易には出て来ない。漠々ばくばくたる紅塵のなかに何やら動いている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
蓬莱ほうらいおきなのように、白髪ながらきれいに櫛を入れて結髪もし、直衣のうしの胸にも白い疎髯そぜんを垂れている。烏帽子えぼし衣紋えもんも着崩さずに、なにかと、客待ちのさしずをしていた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
疎髯そぜんをつまんで、とがった顎を引っ張りながら、そううそぶくだけだった。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
疎髯そぜんを一本ごとにあるいは黒くあるいは白く朝風に吹かして
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして、疎髯そぜんを風になびかせながら行く。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)