産声うぶごえ)” の例文
旧字:産聲
鳥羽伏見とばふしみに敗走した将軍慶喜よしのぶ東帰して、江戸城内外戦火を予期して沸騰するさなかから、芝新銭座しばしんせんざに「慶応義塾」が産声うぶごえをあげた。
福沢諭吉 (新字新仮名) / 服部之総(著)
桶狭間おけはざまの合戦のあった永禄三年の年、伊豆で産声うぶごえをあげていたので、武蔵はそれより遅るること、約二十二年後に生れているのである。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その叫喊きょうかんは生まれいずる者の産声うぶごえであり、その恐怖は新しき太陽に対する眩惑げんわくであり、その血潮は新たに生まれいでた赤児の産湯うぶゆであった。
レ・ミゼラブル:01 序 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
激しい芳芬ほうふんと同時に盥の湯は血のような色に変った。嬰児はその中に浸された。暫くしてかすかな産声うぶごえが気息もつけない緊張の沈黙を破って細く響いた。
小さき者へ (新字新仮名) / 有島武郎(著)
力強い第一宇宙戦隊の産声うぶごえに、感激を新たにして、帆村荘六は、左倉少佐と山岸中尉のもとを辞してもどった。こうなれば、帆村の任務もますます重大である。
宇宙戦隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この渾沌たる幻想はようやくにして流動する生命にはらまれる白象の夢となるのである。新たなる言葉が陣痛する。托胎たくたいの月満ちて、唯我独尊ゆいがどくそんを叫ぶ産声うぶごえがあがる。
その日、産声うぶごえが室に響くようなからりと晴れた小春日和こはるびよりだったが、翌日からしとしとと雨が降り続いた。六畳の部屋いっぱいにお襁褓むつを万国旗のようにるした。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
のたうつような戦慄せんりつ陣痛の苦悶くもんであり、奇妙な風船笛のような鳴き声も、すこやかな産声うぶごえであり、怪しげなにごみずも、胎児の保護を終えた軽やかな羊水であったのか
灯台鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
「や、産声うぶごえを挙げたわ、さあ、安産、安産。」と嬉しそうに乗出して膝を叩く。しばらくして
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこへ十三人めのが産声うぶごえをあげたものですが、こまってばかりいてもどうにもならず、ままよ、いちばんはじめにばったりでくわした者を名づけ親にたのんでやれとおもって
丁度公の薨ぜられた其年に将門は下総に勇ましい産声うぶごえをあげたのである。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
どうせ娑婆塞しゃばふさぎであろうが、それでも産声うぶごえだけは確に挙げた。持前の高笑いは早くもその時にきざしていたものと見える。明治八年三月十五日の事である。ただし生れた時間は分らない。
そこの恐ろしい沈黙の中から起こる強い快い赤児あかご産声うぶごえ——やみがたい母性の意識——「われすでに世に勝てり」とでもいってみたい不思議な誇り——同時に重く胸を押えつける生の暗い急変。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
すると、一際ひときわ強く光ってる星がわしの眼にとまった。しばらくすると、その星がすーっと流れて、またたくまに消え失せてしまった。ちょうどその時に、家の中から、お前の産声うぶごえが聞こえてきたのだ。
彗星の話 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
あじきなく暮らすうちみち産声うぶごえうるわしく玉のような女の子、たつと名づけられしはあの花漬はなづけ売りなりと、これも昔は伊勢いせ参宮の御利益ごりやくすいという事覚えられしらしき宿屋の親爺おやじが物語に珠運も木像ならず
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
同時に、今朝の産声うぶごえよりも高い嬰児の声がそこに流れた。
日本名婦伝:谷干城夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)