深潭しんたん)” の例文
……深淵にして神! 深潭しんたんにして神! 存在の火炉! 生命の颷風ひょうふう! 生の激越のための——目的も制軛せいやくも理由もなき——生の狂乱!
その本流と付知つけち川との合流点を右折して、その支流一名みどり川を遡航そこうするふなべりに、早くも照り映ったのはじつにその深潭しんたん藍碧らんぺきであった。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
山牢のある瘤山こぶやますそは、のぞだき深潭しんたんから穴吹あなふきの渓谷へ落ちてゆく流れと、十数丁にあまるさくが、そこの地域を囲っている。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
箒川はうきがわの谷もかなりに上流まで行つた。大谷だいやの谷もあの深潭しんたんから華厳の瀑壺たきつぼまで行つた。吾妻川の谷にも深く入つて行つた。
水源を思ふ (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
両岸には蒼潤さうじゆんの山が迫り、怪石奇巌ならび立つて、はげしい曲折の水が流れては急渓、湛へては深潭しんたん——といつた具合で、田山先生も曾遊そういうの地らしく、耶馬渓やばけいなどおよびもつかない
故郷に帰りゆくこころ (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
オリットの小舎こやに着いた、私が恐い、怖ろしいおもいをしながらも、もう一遍後髪を引かれて見たいとおもった小舎の前の深潭しんたんは、浅瀬に変って、水の色も、いやに白っちゃけてしまった。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
その残酷な馭者との直下の眼下から深潭しんたんのように広漠とした夢魔を堪えていた。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
それにまた身のほど知らぬ自惚うぬぼれもあり、人の制止も聞かばこそ、なに大丈夫、大丈夫だと匹夫ひっぷの勇、泳げもせぬのに深潭しんたんに飛び込み、たちまち、あっぷあっぷ、眼もあてられぬ有様であった。
困惑の弁 (新字新仮名) / 太宰治(著)
さすがにかの欧米の天にらいの如く響きわたりたる此等楽聖が深潭しんたんの胸をしぼりし天籟てんらいの遺韻をつたへて、耳まづしき我らにはこの一小機械子の声さへ、猶あたゝかき天苑の余光の如くにおぼえぬ。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
こうして急流は変じて深潭しんたんとなり、山峡の湖水となり、岩はその根を没して重畳ちょうじょう奇峭きしょうおもむきすくなからず減じてしまったと聞いた。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
なぜかといえば、つるぎ山のぞき滝の深潭しんたんから穴吹川あなふきがわへ落ちてゆく激流が、とうとうと飛沫ひまつを散らしている上に、その岩壁に添って、瘤山こぶやまの瀬をグルリとさくでめぐらしてあるからである。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まさしく瑠璃るりの、群青ぐんじょう深潭しんたんようして、赤褐色の奇巌きがん群々むれむれがかっと反射したところで、しんしんとみ入るせみの声がする。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
深潭しんたんにちららちららと白雪しらゆきのけはひつめたく沈む人かも
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
深潭しんたんの崖の上なる紅躑躅あかつつじ二人ばつかり照らしけるかも
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)