浴槽よくそう)” の例文
浴場の広い流し場へうすべりを敷いたのが聴衆席であり、浴槽よくそうに蓋をし、その上へさらに板を並べ、古テーブルを置いたのが演壇であった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
人のいない大きな浴槽よくそうのなかで、洗うともこするとも片のつかない手を動かして、彼はしきりに綺麗きれい温泉をざぶざぶ使った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
浴槽よくそうも洗い場も一面のタイル張りで、採光がわるいのか、昼間だけれど、美しい装飾電燈がキラキラとかがやいていた。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
お島は力ない手を、浴槽よくそうふちにつかまったまま、ながっていく湯を、うっとり眺めていた。ごぼごぼと云う音を立てて、湯は流れおちていった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
無造作に股間こかんを濡らすと、とぼんとねるように湯槽に飛びこんだ。狭い浴槽よくそうの縁を越えて白っぽい湯水が溢れた。遅うなりました、と友田は改まったように挨拶した。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
朱塗りの漆戸うるしど箔絵はくえを描いた欄間らんまなぞの目につくその石榴口ざくろぐちをくぐり、狭い足がかりの板を踏んで、暗くはあるが、しかし暖かい湯気のこもった浴槽よくそうの中に身を浸した時は
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私は一つ目小僧だとか、あかなめ(深夜人のねしずまった時に浴槽よくそうあかをなめに出る怪)だとかいうような一種の妖怪がふと、どこかにり得るような感じがするものである。
ばけものばなし (新字新仮名) / 岸田劉生(著)
しかし彼らのうちには、その本能がひどく衰微していた。彼らの放縦ほうしょうは主として頭脳的なものだった。文明の逸楽的な気のぬけた大浴槽よくそうの中に浸り込む気持を、彼らは享楽していた。
隣りの浴室のドアをあけ、クルクルと身体につけたものを一枚残らず脱ぎすてると、冷水を張った浴槽よくそうへドブンと飛び込み、しぶきをあげて水中をくぐりぬけたり、手足をウンとのばしたり
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
浴槽よくそうに浸りおられたる儀山禅師、その刹那せつな大喝だいかつ一声、ばかッとどなられた。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
ここのは蒸風呂でなく、中国風の浴槽よくそうだった。秀吉は、湯へ肩まで沈めて
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なお中銭なかせんという無意味な金まで取られてきたない幕をくぐると、中には丁度洗湯位の浴槽よくそうに濁った水がたまっているのだった、わずかに五、六人の見物は黙って暗い電燈の下でその汚水を眺めていた
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
新来の患者は浴槽よくそうのある部屋へ連れて行かれた。
浴場の広い流し場へうすべりを敷いたのが聴衆席であり、浴槽よくそうふたをし、その上へさらに板を並べ、古テーブルを置いたのが演壇であった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
二人を案内したらしい風呂場の戸のく音が、向うの方でした。かと思うと、また津田の浴槽よくそうの入口ががらりと鳴った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
沸し湯ではあるが、鉱泉に身を浸して、浴槽よくそうの中から外部そとの景色をながめるのも心地こころもちが好かった。湯から上っても、皆の楽みは茶でも飲みながら、書生らしい雑談にふけることであった。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
十日ほども経つと、官兵衛は部屋から浴槽よくそうまで独りで通えるようになった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蘭子はいつの間にか、浴槽よくそうの中に首までつかっていた。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しばらくして彼はまた意外な足音を今度は浴槽よくそうの外側に聞いた。それは彼が石蕗つわの花を眺めたあと鵯鳥ひよどりの声をいた前であった。彼の想像はすぐ前後の足音を結びつけた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)