書肆ほんや)” の例文
といふので、近眼ちかめ書肆ほんやは慌てて膝頭から尻の周囲あたりを撫でまはしてみたが、そこには鉄道の無賃乗車券らしいものは無かつた。
石町こくちょう蔦屋つたやという書肆ほんやでございまする。おやしきの若旦那さまには、たびたび、御用命をいただいては、よく……」
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
書肆ほんや前借さきがり途中とちうででもあつてたがい、よわよめが、松葉まつばいぶされるくらゐになみだぐみもしかねまい。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
その巻末には、珍らしく行き届いた書肆ほんやの親切で、簡単な夢占ひが附録につけてあつた。しかしその中にも、いつかう、さうした辻褄の合はぬ夢に該当するものは見当らなかつた。
書肆ほんやはへと/\になつて、やつ縁端えんばなに腰をおろすなり、原稿の談話はなしを切り出すと、蘆花氏は頭の天辺てつぺんから絞り出すやうな声で
書肆ほんやからは頻々ひんぴんと矢の催促をうけるので、版木彫はんぎぼりすりをひきけている彫兼ほりかね親爺おやじはきょうも、絵師の喜多川春作の家へ来て、画室に坐りこんでいた。
魚紋 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先日こなひだ職をやめて書肆ほんやを開業したさうだが、図書館に居るうちは、朝から晩まで、この書物の消毒にひどく頭を使つたものだ。
その不審で、いまも胸につかえている一つは、きょうの昼、薬研坂やげんざかで声をかけられた——蔦屋つたやという書肆ほんやの手代。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ある時書肆ほんやが徳富蘆花氏の原稿を貰ひに、粕谷かすやの田舎まで出掛けると、蘆花氏は縁端えんばな衝立つゝたつて、大きな欠伸あくびをしい/\
これではとても遣切やりきれないといふので資本もとでの手薄な書肆ほんやはつい出版を絶念あきらめて了ふ。お蔭で下らない書物ほんが影を隠して世の中が至極暢気のんきになつた。
そして幾らか気遣ひながら、その紙片かみきれをそこらの書肆ほんやに持ち込むと、書肆ほんやの亭主はそれを見て、にこ/\もので廿円ばかしの原稿料を渡してくれた。
「あいにくと今日は持合せが無いので、こんな物を拵へてみた。書肆ほんやに持つて往つたら、幾らかになるだらうよ。」
「あなたも知つて居るだらうが、麹町かうぢまちに金尾文淵堂といふ書肆ほんやが居る。あすこの主人に娘さんをめあはさないかね。さうするときつと私の原稿をあげる。」
と言つてさきの男は書肆ほんやから署名入りの請取書うけとりがきを喜んで買ひ込むだ。味を占めた書肆ほんやは要りもしない書物ほんまでせつせと文豪の手許に担ぎ込むやうになつた。
ところが懇意な書肆ほんやで、いつも新版物を見繕つて文豪のもとへ売り附けにく男があつた。キプリングは書物ほんあづかる度に請取書うけとりがきに署名をするのが例となつてゐる。
暢気のんきな詩人はその折書肆ほんやからとゞいた幾らかの原稿料を、机の上にばら撒きながら、これで「天国」をふには、ういふ方法を取つたが一番便利だらうかなどと