情緒じょうしょ)” の例文
もちろん淡い夢のような作品その物にも、彼女独得の情熱と情緒じょうしょがいかにあふれていたにしても、一般に受ける性質のものではなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
取柄とりえは利慾がまじらぬと云う点にそんするかも知れぬが、交らぬだけにその他の情緒じょうしょは常よりは余計に活動するだろう。それがいやだ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
って一際ひときわ高くなった、早川の水の音が、純一が頭の中の乱れた情緒じょうしょの伴奏をして、昼間感じたよりは強い寂しさが、虚に乗ずるように襲って来る。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それから、「白細布の袖の」までは「狎れ」に続く序詞であるが、やはり意味の相関聯するものがあり、衣の袖をかわした時の情緒じょうしょがこの序詞にこもっているのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
神境に白き菊に水あるごとき言うべからざる科学の威厳と情緒じょうしょの幽玄に打たれたのに——やがて仔細しさい有って、この日の午後、赤熊の毛皮をそのまま、爪を磨ぎ、牙をんで
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これに対して一部分の改革の如きは決して真正なる新時代の新演劇を興す所以ゆえんのものに非ず。江戸演劇のもたらす過去の習慣と伝統とは吾人の情緒じょうしょを支配すること余りに強大なり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そうして給仕をしてくれる御米の顔に、多少安心の色が見えたのを、うれしいようなあわれなような一種の情緒じょうしょをもってながめた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大鳥居をくぐったところに、五六軒の娼楼しょうろうが軒をならべ、遊覧地だけに、この土地よりも何か情緒じょうしょがあるように思われ、そんな話をしてから、風呂ふろへ行ったのだったが
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
黄楊つげ小櫛おぐしという単語さえもがわれわれの情緒じょうしょを動かすにどれだけ強い力があるか。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
従って製作品に対する情緒じょうしょがこれにうつって行って、作物に対する好悪こうおの念が作家にうつって行く。なおひろがって作家自身の好悪となり、結局道徳的の問題となる。
無題 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夫婦は夫婦で相喰あいはみ、不潔物に発生する黴菌ばいきんや寄生虫のように、女の血を吸ってあるく人種もあって、はかない人情で緩和され、繊弱かよわ情緒じょうしょ粉飾ふんしょくされた平和のうちにも
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
栄えた船着場の名残なごりとしての、遊女町らしい情緒じょうしょの今も漂っているのと思いあわせて、近代女性の自覚と、文学などから教わった新しい恋愛のトリックにもさとい彼女が
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しかし今の音は、けっして、まとまったものの一部分をひいたとは受け取れない。ただ鳴らしただけである。その無作法にただ鳴らしたところが三四郎の情緒じょうしょによく合った。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
アスファルトの上にぱったり人足も絶えて、たまに酔っぱらいの紳士があっちへよろよろこっちへよろよろ歩いて行くくらいのもので、なまめかしい花柳情緒じょうしょなどは薬にしたくもない。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
エレーンがランスロットに始めて逢う、この男だぞと思い詰める、やはり父母未生ふもみしょう以前に受けた記憶と情緒じょうしょが、長い時間をへだてて脳中に再現する。二十世紀の人間は散文的である。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それにもかかわらずこの辺一帯の地の利もすでに悪くなって、真砂座まさござのあった時分の下町情緒じょうしょも影を潜め、水上の交通が頻繁ひんぱんになった割に、だだ広くなった幹線道路はどこも薄暗かった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
この景色はかように暢達のびのびして、かように明白で、今までの自分の情緒じょうしょとは、まるで似つかない、景気のいいものであったが、自身の魂がおやと思って、本気にこの外界げかいむかい出したが最後
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
たちまち強烈な個性的の刺激が三四郎の心をおそってきた。移り行く美をはかなむという共通性の情緒じょうしょはまるで影をひそめてしまった。——自分はそれほどの影響をこの女のうえに有しておる。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
余が寂光院じゃっこういんの門をくぐって得た情緒じょうしょは、浮世を歩む年齢が逆行して父母未生ふもみしょう以前にさかのぼったと思うくらい、古い、物寂ものさびた、憐れの多い、捕えるほどしかとした痕迹こんせきもなきまで、淡く消極的な情緒である。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
多くある情緒じょうしょのうちで、あわれと云う字のあるのを忘れていた。憐れは神の知らぬじょうで、しかも神にもっとも近き人間の情である。御那美さんの表情のうちにはこの憐れの念が少しもあらわれておらぬ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
インスピレーションともいうような情緒じょうしょの教育でありました。
教育と文芸 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)