彼時あのとき)” の例文
何故彼時あのとき私は雪江さんの部屋を逃出したのだというと、非常におそろしかったからだ。何がおそろしかったのか分らないが、唯何がなしに非常におそろしかったのだ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
彼時あのときにもう夫は覚期かくごして居ることが有つたらしい——信州の小春は好いの、今度の旅行は面白からうの、土産みやげはしつかり持つて帰るから家へ行つて待つて居れの
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
しかし彼時あのとき親類共の態度そぶり余程よッほど妙だった。「何だ、馬鹿! お先真暗で夢中に騒ぐ!」と、こうだ。
誰か何時いつやら、政府のいぬぢや無いかと注意したつけが、どうも先生は既に左様さうと知つて居られるらしかつたよ、彼時あのときの御返事を見ると——彼程あれほど敏慧びんけいな頭脳を邪路から救ひ出してるものが無ければ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
その證據しようこにはかつこひめにくるしもだえたひとも、ときつて、普通ふつうひととなるときは、何故なにゆゑ彼時あのとき自分じぶんこひめにくまで苦悶くもんしたかを、自分じぶんうたがうものである。すなはかれこひちかられてないからである。
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
清野せいのが毛織の襯衣シャツを半ダース重ねて着たのは彼時あのときだよ」
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼時あのときの君の考へ込んで居る様子と言つたら——僕は暫時しばらくそこに突立つて、君の後姿を見送つて、何とも言ひ様の無い心地こゝろもちがしたねえ。君は猪子先生の「懴悔録」を持つて居た。其時僕は左様さう思つた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
それからの靴の請負うけおひの時はドウだ、糊付けのかゝとが雨に離れて、水兵は繩梯はしごから落ちて逆巻さかまなみ行衛ゆくゑ知れずになる、艦隊の方からははげしく苦情を持ち込む、本来ならば、彼時あのとき山木にしろ、君にしろ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)