はなびら)” の例文
旧字:
と思うと、すらりとゆらくきいただきに、心持首をかたぶけていた細長い一輪のつぼみが、ふっくらとはなびらを開いた。真白な百合ゆりが鼻の先で骨にこたえるほど匂った。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
能代のしろの膳には、徳利とッくりはかまをはいて、児戯ままごとみたいな香味やくみの皿と、木皿に散蓮華ちりれんげが添えて置いてあッて、猪口ちょく黄金水おうごんすいには、桜花さくらはなびらが二枚散ッた画と、端に吉里と仮名で書いたのが
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
つぼのごとく長いはなびらから、濃いむらさきが春を追うて抜け出した後は、残骸なきがらむなしき茶の汚染しみ皺立しわだてて、あるものはぽきりと絶えたうてなのみあらわである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
紫を辛夷こぶしはなびらに洗う雨重なりて、花はようやく茶にちかかるえんに、す髪の帯を隠して、動かせば背に陽炎かげろうが立つ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「好いにおいでしょう」と云って、自分の鼻を、はなびらそばまで持って来て、ふんといで見せた。代助は思わず足を真直に踏ん張って、身を後の方へらした。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けむりは椿のはなびらずいからまって漂う程濃く出た。それを白い敷布の上に置くと、立ち上がって風呂場へ行った。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
つめの甲の底に流れている血潮が、ぶるぶるふるえる様に思われた。彼は立って百合の花の傍へ行った。唇がはなびらに着く程近く寄って、強い香を眼のうまでいだ。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小羊ラムの皮を柔らかになめして、木賊色とくさいろの濃き真中に、水蓮すいれんを細く金にえがいて、はなびらの尽くるうてなのあたりから、直なる線を底まで通して、ぐるりと表紙の周囲をまわらしたのがある。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)