幕間まくあい)” の例文
平場ひらばの一番後ろで、たかしが左の端、中へ姉が来て、信子が右の端、後ろへ兄が座った。ちょうど幕間まくあいで、階下は七分通り詰まっていた。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
楽屋へくからかえるまでの間、実に何十分を費したか知らないが、とにかくにその頃の幕間まくあいはよほど長かったものに相違なかった。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
すこしは気咎きとがめがするようで、幕間まくあいにはうつむきがちにしていたが、見物が「鎌子だ」といって視線をむけても格別恥らいもしなかった。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
幕間まくあいの長いとかいうような見物心理の圧制から解放されて、気の短い、頭の正直な見物を嬉しがらせたことは非常なものです。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
幕間まくあい売歩行うりあるく、売子の数の多き中に、物語の銀六とてたわけたる親仁おやじ交りたり。茶の運びもし、火鉢も持て来、下足の手伝もする事あり。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
弦吾には、もう幕間まくあいもなんにもなかった。ただ機の至るのが待ちあぐまれるばかりだった。「弥次喜多やじきた」が始まって、第一景。
間諜座事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
……あとは順序通りに行けば、幕間まくあい二三分乃至四五分の後に始まるであろう、馬の舞踏会である。戦慄すべき馬の舞踏……。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「あのね吉川さんから、食事の用意を致させておきましたから、この次の幕間まくあいにどうぞ食堂へおいで下さいますようにって」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この次の幕間まくあいであった。少し休憩の時間が長いということが、番附にことわってあったので、見物が大抵一旦席を立った。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
今度は脚の運動のよく見える階上に席を取っていたが、幕間まくあいに庸三は、ふと下の廊下で傷心な報告を子供から受け取った。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ちょうど折悪く幕間まくあいで、舞台には幕が下ろされていた。で彼は所在なさに見物人達の噂話に、漫然と耳を傾けた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
君江は始め邦楽座の舞台で活動写真の幕間まくあいに出演する木村の技芸を見た時から例の好奇心に駆られていたので、このまま別れるのが物足りなくてしようがない。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
男は生れつきこの世界の闘争と喧騒けんそうとのなかに飛びこんでゆくようにできている。恋愛はただ青春時代の装飾か、あるいは人生劇の幕間まくあいに歌われる歌にすぎない。
傷心 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
三段早変りをってのけたのがそうであり、逢痴はそれ以前、幕間まくあいにでも殺されていて、屍体を隠した杉戸が、それとも知らず、水中に押し出されたのではないか。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
昼食をするすきがないこともしばしばだった。ポケットにパンと豚肉とを入れておいて、それを幕間まくあいに食べた。時には、音楽長トビアス・プァイフェルの代わりをした。
其時の幕間まくあいにいきなり小母おばさんの座つてゐる前にヌーツと立つた人があります。
妾の会つた男の人人 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
初めての幕間まくあいに良人は煙草たばこをのみに出て行って、彼女は席に居のこった。やはり平土間に席をとっていたグーロフは、彼女の傍へ歩み寄ると、無理に笑顔をつくりながらふるえる声でこう言った。——
それは一番目の「文覚」と中幕の「鳥目の上使」との幕間まくあいで、団十郎は中幕に後室こうしつ千寿の役を勤めているので、その顔を作りながら父と話し出した。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
幕間まくあいにちょいと楽屋へ立違って、またもとの所へ入ろうとすると、その娘のたもとわきに、紙袋かんぶくろが一つ出ています。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかし、幕間まくあいになって、おとなしく話しかける彼の声を聞いた時、彼女の恐れはすべて消え去った。
幕間まくあいがかなり長い上に、道庵もちょっと小便を催してきましたから、座席のところを庄公に頼んで置いて、人波を分けて、便所の方へと出かけて行ったのですが——その帰り途のことです
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
何もする事のないこの長い幕間まくあいを、少しの不平も云わず、かつて退屈の色も見せず、さも太平らしく、空疎な腹に散漫な刺戟しげきを盛って、他愛たわいなく時間のために流されていた。彼らは穏和おだやかであった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この大入りに団十郎はむろん得意であったらしく、わたしが父の尻に付いて楽屋へゆくと、彼は忙がしい幕間まくあいをぬすんで、例の重い口調で頻りに今度の狂言の講釈をした。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼は幕間まくあいが終わるのを待ちながら、廊下に出て行った。若い女の言葉はまだ彼の耳に響いていた。しかし彼は他のことに気を奪われていた。オフェリアの面影が彼の心を占めていた。
絵の藤の幕間まくあいで、木は入ったが舞台は空しい。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すべて幕間まくあいの遊歩に出ている彼らの群れは、東京の大通りであるべき京橋きょうばし区新富町の一部を自分たちの領分と心得ているらしく、れ合い摺れちがって往来のまん中を悠々と散歩しているが
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
コリーヌはクリストフの約束をほとんど信じていなかった。しかし彼の方はきわめて真面目まじめだった。そして、開演の時間に彼はそこへ着いていた。幕間まくあいに彼は行って、彼女の支度したく部屋のとびらをたたいた。
むかしの芝居は幕間まくあいが長いから、こんな討論会にはおあつらえ向きです。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)