しっ)” の例文
人間として着物をつけないのは象の鼻なきがごとく、学校の生徒なきがごとく、兵隊の勇気なきがごとく全くその本体をしっしている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかも黙っていて礼をしっしないだけの才能を、彼はもっていなかった。隣席の人をながめるにしても、あまりにじっと見つめるのであった。
ゆえにしばらく先生と談話の機をしっしたる時に、いつしか趣味の離隔を発見する珍しからず、先生が最も晩年において、有力なる俳人諸氏と
絶対的人格:正岡先生論 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「好いとも、二倍の賞与を出してやる、ついでに、これから俺を山へれて往け、機をしっしないうちに、すぐ実行する」
警察署長 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
よし今日こんにちよりは以前にまさる愛心を以て世の憐むべきものを助けん、余の愛するものは肉身においてもしっせざりしなり、余はなお彼を看護し彼にむく得べきなり
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
僕は大いに面目をしっしたね。主人公も驚いたが、大工は呆れ返って、『彼の人は何ものですえ?』と訊いた。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
顔色の土気色をしているのと、口と目が釣り合いをしっして、馬鹿に大きいのが目だっていた。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
渠は先刻さきにいかにしけん、ひとたびその平生をしっせしが、いまやまた自若となりたり。
外科室 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お延はニタリと凄い微笑をかめた。新九郎もさては後の混乱にまぎれて、手下の者が火をしっしたのであろうと思い合せ、あの火焔の底に白骨とされる戸川志摩の死が無意味でなくなったのを欣んだ。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今、西村先生ここに論及せざるものは、けだしこれを目睫もくしょうしっするものならん。およそ人の万物に霊たるは、その思慮考按こうあんのあるゆえんなり。これをもってよく古代の籕文ちゅうぶんを読み、磨滅の篆字てんじを解す。
平仮名の説 (新字新仮名) / 清水卯三郎(著)
破蕉龍はしょうりゅうしっして水仙ぎょくをはらめり
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
ただ前を忘れ後をしっしたる中間が会釈えしゃくもなく明るい。あたかも闇をく稲妻の眉に落つると見えて消えたる心地ここちがする。倫敦塔ロンドンとう宿世すくせの夢の焼点しょうてんのようだ。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小説類に興味をしっしたこの頃の読物としては適当だろうとふと考えついたので、それをうちから取り寄せてとうとう力学的ダイナミック社会学ソシオロジーを病院で研究する事にした。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「またそんなわからずやを云う。こう云う病気は初期が大切だよ。時期をしっすると取り返しがつかないぜ」
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一たび機をしっすれば、同じ色は容易に眼には落ちぬ。余が今見上げた山のには、滅多めったにこの辺で見る事の出来ないほどない色がちている。せっかく来て、あれをにがすのは惜しいものだ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)