大榎おおえのき)” の例文
お勢は大榎おおえのき根方ねがたの所で立止まり、していた蝙蝠傘こうもりがさをつぼめてズイと一通り四辺あたり見亘みわたし、嫣然えんぜん一笑しながら昇の顔をのぞき込んで、唐突に
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
池の対岸の石垣いしがきの上には竹やぶがあって、その中から一本の大榎おおえのきがそびえているが、そのこずえの紅や黄を帯びた色彩がなんとも言われなく美しい。
写生紀行 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
雑司ヶ谷の鬼子母神門外、大榎おおえのきの並木の蔭に並んだ茶店は、そのころ江戸の町内にもない繁昌をみせたものでした。
すぐその御手洗のそばに、三抱みかかえほどなる大榎おおえのきの枝が茂って、檜皮葺ひわだぶきの屋根を、森々しんしんと暗いまで緑に包んだ、棟の鰹木かつおぎを見れば、まがうべくもない女神じょしんである。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
広巳の眼の前には初春の寒い月の晩海晏寺かいあんじの前の大榎おおえのきの傍で、往きずりに擦れ違った女の姿が浮んでいた。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
兵馬は追い詰め、米友は突き詰められて、とうとう前の大榎おおえのきのところまで来てしまいました。大榎を背中にして米友はこれより後ろへは一歩も退くことはできぬ。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
はい駕籠かごをいそがせて、おさきに来ていました。では途中で会ったんだな。はい途中でおみかけ致しました、と紀伊が云った。大榎おおえのきのところで立停っていらっしゃいましたわ。
女は同じ物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
渓流は細いが、水は清冽で、その辺は巨大な岩石が重畳ちょうじょうしており、くすまじって大榎おおえのきの茂っている薄暗い広場があって、そこにおあつらえ通りささやかな狐格子きつねごうしのついた山神さんしんほこらがある。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
ここは山尻町との境で、片側には小さい御家人ごけにん小商人こあきんどの店とが繋がっているが、昼でも往来の少ない薄暗い横町で、権現のやしろの大榎おおえのきが狭い路をいよいよ暗くするようにおおっていた。
半七捕物帳:54 唐人飴 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
夕暮よりも薄暗い入梅の午後牛天神うしてんじんの森蔭に紫陽花あじさい咲出さきいづる頃、または旅烏たびがらすき騒ぐ秋の夕方沢蔵稲荷たくぞういなり大榎おおえのきの止む間もなく落葉おちばする頃、私は散歩の杖を伝通院の門外なる大黒天だいこくてんきざはしに休めさせる。
伝通院 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ムクは古市の町の左側の大榎おおえのきのところまで来た時分に、前後から挟み打ちにされてしまいました。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
丁度いい人達に逢ったと喜んで、半七は三人を路ばたの大榎おおえのきの下へ呼び込んだ。
半七捕物帳:60 青山の仇討 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
次の瞬間、銑吉の身は、ほとんど本能的に大榎おおえのきの幹を小盾こだてに取っていた。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お屋敷の土塀どべいを出外れまして、あの大榎おおえのきのところまでまいりました。
若殿女難記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)