墻壁しょうへき)” の例文
云われるままに、伸子と素子とはその廻廊から建物の裏側へぬけて、斜面を見はらす日ざしの気持よい石段の低い墻壁しょうへきに腰をおろした。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
如何なる憤怒絶望のやいばを以てするもつんざきがたく、如何なる怨恨えんこん悪念の焔を以てするも破りがたいやみ墻壁しょうへきとでもいいましょうか。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかしその隠れたる勲功者のために、はやくも本能寺の墻壁しょうへきの上には、明智の三羽鴉さんばがらすと呼ばるる古川九兵衛、箕浦大内蔵みのうらおおくら、安田作兵衛のともがら
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼山々こそ北海道中心の大無人境を墻壁しょうへきの如く取囲とりかこむ山々である。関翁の心は彼の山々の中にあるのだ。余は窓にって久しく其方を眺めた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
凸凹した緩斜の底に真黒な湖水みずうみがあろうと云う——それにさも似た荒涼たる風物が、擂鉢の底にある墻壁しょうへきまで続いている。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
階級のいかんにかかわらず赤裸々せきららの人間を赤裸々に結びつけて、そうしてすべての他の墻壁しょうへきを打破する者でありますから
道楽と職業 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
墻壁しょうへきを脱したこと、生命をもとして冒険を演じたこと、困難な苦しい登攀とはんをやったこと、かつて他の贖罪しょくざいの場所から脱せんがためになしたのと同様なあらゆる努力
同じ人間に生れて同じく定命つきて永劫の眠りについても、或者は堂々と墻壁しょうへきを巡らした石畳の墓地に見上げるような墓石を立てゝ、子孫の人達にねんごろに祭られている。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
墻壁しょうへきがある。菩提樹ぼだいじゅ椰子やし棕櫚しゅろ、雑草など、これを大方おおう。然し樹木の葉末を越して空が可成り広く見透せるので、時刻の推移を空の色の変化で汲み取る事が出来る。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
で、今日の先輩諸士を見ると、青年に鎗込やりこめられると自己の估券こけんが下がる様に思って、墻壁しょうへきを設け、自ら高うして常に面会する事を避けている。これは実に愚の至りであると思う。
アントアネットは悪戯いたずらをしつづけて、弟をいじめては駆けさしていた。しかし弟はもう遊びたくないと突然言い出した。そして父から数歩離れた所で、覧台テラース墻壁しょうへきによりかかった。
さあ壕を掘れ、鹿砦ろくさいをつくれ、墻壁しょうへきをこしらえろ、掩護物えんごぶつを設けろ、小杭を打ち込め、竹束を束ねろ! 武器の手入れだ、武器の手入れだ! 槍を磨け、刀を磨け、鉄砲の筒を掃除しろ。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
けれども冷めたい西風は幾重の墻壁しょうへきを越して、階前の梧葉ごようにも凋落ちょうらくの秋を告げる。貞子の豪奢ごうしゃな生活にも浮世の黒い影は付きまとうて人知れず泣く涙は栄華の袖にかわく間もないという噂である。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
掩堡もなければ、墻壁しょうへきもない。9855
と相手の策謀を見透かして、レヴェズは痛烈な皮肉を放った。そして、早くも警戒の墻壁しょうへきを築いてしまったのである。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
アイヂアリズムが論議の援助を受けて、主観客観の一致を発見したが最後、こゝに外界と内界の墻壁しょうへきを破壊して、凡てを吸収し尽さなければまないことになる。
点頭録 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
とたんに、あたりの墻壁しょうへきの上から弩弓いしゆみ、石鉄砲の雨がいちどに周瑜を目がけて降りそそいで来た。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
実測図で見るとウーゴモンは、建物や墻壁しょうへきを含めて、一角を欠いた不規則な四角形を呈している。その欠けた一角の所が南門であって、その門をねらい撃ちにできる壁でまもられている。
それはラインの彼方かなたには見られないことだった。ドイツの音楽家が父祖の陣営にうずくまり、過去の勝利を墻壁しょうへきとして世界の進化をとどめんとしてる間に、世界は常に進みつづけていた。
社会の表面に活動せざる無業むぎょうの人、または公人こうじんとしての義務をへて隠退せる老人等の生活に興味を移さんとす。墻壁しょうへきによりて車馬往来の街路と隔離したる庭園の花鳥かちょうを見て憂苦の情を忘れんとす。
矢立のちび筆 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
この一銭五厘が二人の間の墻壁しょうへきになって、おれは話そうと思っても話せない、山嵐はがんとしてだまってる。おれと山嵐には一銭五厘がたたった。しまいには学校へ出て一銭五厘を見るのが苦になった。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すると、城門の墻壁しょうへきの上から、武装の宮兵が一名首を出して
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ねえ支倉君、ワイマール侯ウイルヘルムは、その実皮肉な嘲笑的な怪物だったのだよ。しかし、さしもクリヴォフが築き上げた墻壁しょうへきすらも、僕の破城槌バッテリング・ラムにとれば、けっして難攻不落のものではないのだ」
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
墻壁しょうへきを高く築いていた。
そこでおとなしく「君などは年が年であるから大分だいぶんとったろう」とそそのかして見た。果然彼は墻壁しょうへき欠所けっしょ吶喊とっかんして来た。「たんとでもねえが三四十はとったろう」とは得意気なる彼の答であった。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)