冥府めいふ)” の例文
この人死後三日によみがえり、文帝に申せしは、死して冥府めいふに至ると、冥府の王汝武帝に進めし白団はくだんいくばくぞと問う。彪、何の事か解せず。
あとにて聞けばしょうの親愛なる富井於菟とみいおと女史は、この時娑婆しゃばにありて妾と同病にかかり、薬石効やくせきこうなくつい冥府めいふの人となりけるなり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
はじめ冥府めいふへ行った時に、わたしは冥府の王に訴えました。なにぶんにも父母が老年で、わたしがいなくなると困ります。
都会の雑沓ざっとうから遠く離れた武蔵野むさしのの深夜は、冥府めいふのように暗く静まり返っていた。音といっては空吹く風、光といってはまたたく星のほかにはない。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
早うこの場を退散して、この二人の帰りを待ち受け、こよいの中に冥府めいふに送りつかわそう。どれ、その支度にかかろうか?
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
流をはさむ左右の柳は、一本ごとに緑りをこめて濛々もうもうと烟る。娑婆しゃば冥府めいふさかいに立ちて迷える人のあらば、その人の霊を並べたるがこの気色けしきである。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ぜひとも父君がまだ冥府めいふの道をさまよっておいでになるうちに自分も行って、同じ所へまいりたいと思うのであった。阿闍梨は多く語らずに座を立って行った。
源氏物語:49 総角 (新字新仮名) / 紫式部(著)
既に今も、新九郎の一命を乗せて、怖ろしい蜘蛛手くもでかがりの駕は、冥府めいふの門へ息杖を振り込んで行く——
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あらゆる感覚は冥府めいふへ落ちる霊魂のように、狂おしい急激な下降のなかにみこまれるように思われた。そのあとはただ、沈黙と、静止と、夜とが、宇宙全体であった。
落穴と振子 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
天堂、冥府めいふ等の問題に至りては、道理上不可知に属すべきものなれば、これを虚妄なりと断定す。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
それはナイル河底の冥府めいふの法廷で、今から一千九百六十五年前に、記録係のトートの神が読上げた、神秘的な、薄嗄うすがれた声が大空の涯から引返して来た旋律に相違なかった。
髪切虫 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
お前と矢並やなみ行方の不貞不信は許し難いが、夫の死後の行跡には冥府めいふの怨みもむくゆる由はない。
たとえきみがわたしの所持金に目をつけて、うしろからかいでひとなぐりして、わたしを冥府めいふへ送ったとしても、やっぱりきみはじょうずにこいで行ったことになるのだろう。
加野は、いまはもはや冥府めいふの人になつてしまつたけれども、生きて病床にある時も、富岡は一度も逢ひに行つてはやらなかつた。和解しないままで、加野は淋しく死んで行つた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
業病、冥府めいふ変化へんげの類が随所に跳梁する薄気味の悪い仇うち物であった。
仇討たれ戯作 (新字新仮名) / 林不忘(著)
冥府めいふ
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
不孝者め! 心弱い、おろか者め! 誓いを忘れたか! この父親の冥府めいふの苦しみを忘れたか! 浮かばれぬのだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「されば、閻王えんおうの旨により、太師を冥府めいふへ送らんとて、はや迎えに参っているものとおぼえたりっ」
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(19)Laverna ——たぶん冥府めいふの神の一人であったろうと言われているローマの女神。
その頃はもう月の出が遲く、誰が何處に居るやら、顏の見分けも覺束ないくらゐ、その中を平次の聲だけが、不氣味に明瞭めいれうに、さながら冥府めいふの判官のやうに響き渡るのです。
もう一度、呼び戻す事の出来ない、過去の冥府めいふの底へかき消えてしまつたのだ。貧弱な生活しか知らない日本人の自分にとつては、あの背景の豪華さは、何とも素晴しいものであつたのだ。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
ひとみはいつか闇になれたが、道は暗々あんあんとして行く手もしれない。冥府めいふへかよう奈落ならくの道をいくような気味わるさ。ポトリ、ポトリとえりもとに落ちてくるしずくのつめたいこと。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次はそれに構はず、冥府めいふの判官のやうに、冷たく、靜かに續けました。
よこしまの人々の陥穽おとしあなに陥り、生きながら、怨念の鬼となり、冥府めいふに下って、小やみもなく、修羅の炎に焼かれての、この苦しみ——おのれ、この怨み、やわか、晴らさで置こうや! 三郎兵衛
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
冥府めいふへ、自分だけの乗つた汽車は、走り去らうとしてゐる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
(6)ギリシャ神話の冥府めいふにある燃ゆる炎の河。
平次はそれに構わず、冥府めいふの判官のように、冷たく、静かに続けました。
蜘蛛手縢くもでかが冥府めいふかご
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
冥府めいふの王の名。
黒猫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
真夜中の墓場から抜け出した骸骨の群れは、冥府めいふの青白い灯を掲げ、その骨と骨を鳴らし乍ら夜と共に踊り狂う様は、サン・サーンの驚くき技巧で、存分過ぎるほど丁寧に描き出されて居るのです。
死の舞踏 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)